9-2. 王たちの狂宴 ①

文字数 1,305文字

 城塞都市ケイエに、つい今しがた竜王デイミオンが降りたったところだった。かつかつと軍靴を響かせ、城砦の屋上から周囲を見渡しながらやってくる。

「ここは敵地(モレスク)がよく見えるな」
 青年王の声は、ほとんど快活といっていいほどだった。エサルも慌てて駆けより、片手を背中にまわして臣下の礼を取った。「お早いお越しでした、陛下」
 中腰のままじっと王を観察する。特に普段と変わった様子はないようだが……

「アーダルがめずらしく素直でな。……まったく、やる気を出せば飛竜並みの速度を出せるのに、普段のあいつときたら。困ったものだ」
「は。移動のこともありますが、その……竜騎手議会に専念されているものだとばかり……」
「うん」デイミオンはなんでもないように返答した。「議会は解散した」
「解散?……」エサルは一瞬、わが耳を疑った。

 王は肩をすくめた。「やつらが結論を出すのを待っていたら、あっという間に次の繁殖期(シーズン)になってしまうだろう? われわれとて永遠に生きるわけじゃない。若輩の短慮のと(そし)られるのは残念だが……」そして、やれやれと言うように首をふってみせた。
 エサルは不安をおさえ、慎重にうなずいた。王の声音のなかに含まれるなにかが、彼をそうさせたのだった。
「……そうですか」

 デイミオンはにこやかに続けた。
「そんなことより、さっそく報告をきかせてくれ、エサル公。アエディクラ軍はどれほどいる? 攻竜、攻城兵器はどのくらいある? 指揮官はだれだ?」
「仮ごしらえの作戦会議室があります。まずはそちらに……エンガス卿もそちらにおられます」
「作戦会議室? 

みたいじゃないか。われわれは竜だろう?」デイミオンは端正な笑顔のまま手をうった。「……いや、ここでいい。指揮官たちを呼ぼう」
 そして、〈()ばい〉を放った。

 彼の精神の呼び声が、館内にいるすべての竜族たちのあいだに割れ鐘のように響きわたった。まるで地面に縫いとめられたように、城内全員の動きが止まる。〈()ばい〉の声は頭のなかを占領しつくすほど大きい。それは

と王の来訪を告げていた。すべての竜の子孫は王に従って戦い、勝利せよという命令だ。竜との〈()ばい〉に慣れている強靭なエサルでさえ、思わず顔をしかめた。

 ほどなくして、エンガス卿が侍従につきそわれて上がってきた。よろめきながらも、かろうじて臣下の礼を取るエンガスに、デイミオンは鷹揚にうなずいた。
 エサルはエンガスにした説明をここでも繰りかえした。新しくあがってきた情報も付けくわえた。
「どう思う? エンガス卿」王が老公に尋ねる。
「ケイエは難攻不落の城で、こちらにはじゅうぶんな備蓄があります。籠城戦になってもわが軍の有利は動きますまい。静観するのがよろしいでしょう」
 エンガスは青い顔のまま、それでもしっかりとした声で答えた。

「ふむ」デイミオンは微笑んだ。「だが、一年前にケイエはデーグルモールの来襲に遭ったんじゃなかったか? いくら堅い守りといえど、なかに入りこみさえすれば、破壊するのは(やさ)しいだろう」
 エサルはしぶしぶうなずいた。「陛下のおっしゃる通りです」
「デーグルモールの残党は少ない」エンガスがかすれた声で言った。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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