5-1. 睦ぶ ③
文字数 3,151文字
「……というわけで、エサル公は国境の守りについて案じておられるわけです」
廷臣の解説に、デイミオンはうなずいた。「公の懸念はもっともだな」
尊大な表情をしていてもやっぱりハンサムだわ、と思い、リアナは自分がちょっとおかしくなった。あれほどあからさまに〈呼 ばい〉を無視されていて、涙に暮れもしたし、投げやりになったりもしたのに、こうして顔を見るとなかなか思いきれないのが悔しい。今もまさに自分の意見に反対されつつあるのだが。
「なぜこんなところで手をこまねいている?」
黒竜大公は、無能を見る目つきで円卓を見わたした。「アーダルも連れてきているし、ガエネイス王の尻に火でも吹きかけてやればいい。どんな戦争兵器だか知らないが、アーダルに勝る兵器など大陸のどこにもない」
廷臣たちがざわめく。でも、リアナにはこれが演技だとわかっている。
だから、わざと円卓を手で打った。「そんなことをやったら、戦争になるじゃないの!」
「戦争のなにが悪い?」デイミオンがあざけった。
「卿 の母親は、〈魔王〉と呼ばれて人間どもから恐れられた。たった二柱の竜で、イティージエンを灰燼 に帰 さしめたんだぞ」
「それがいいことだとでも? とんだ戦争好きなのね、あなたも」
「弱腰で無能の竜王よりはいい」
「でも、そのせいで人間たちは竜とライダーを恐れるようになった。あんなふうに戦争兵器を開発しているのも、彼らの死に物ぐるいの戦略なのよ。同じことを、また繰り返すというの?」
「やればいい」と、デイミオン。「それに、
ゆったりと腕と足を組み、いかにも親しげに話しかける。
「……閣下の言う言葉にも一理ある」
それまで黙って聞いていたエサルが、ようやく口を開いた。
「エサル公!」リアナがとがめる。
「いや、お聞きください、陛下」エサルが手で制した。
「……ご存知のように、五公十家のあいだでも、〈乗り手 〉は年々減っている。古竜そのものもそうです。前回の戦争は、オンブリアの圧倒的勝利に終わった。しかし、いつまでもそうとは限らない」
「だからって、早期開戦を決める理由にはならないわ」
「手をこまねいているあいだに、あちらから仕掛けられる可能性も大いにある。その場合、戦地になるのは北部領 でもタマリスでもなく、俺の領地だ」
エサルは「俺の領地」というところに力を込めた。
デイミオンは、そんな彼をじっくりと観察しているが、その様子は見せずにリアナと演技を続けている。
「エサル公はあなたが任命した王佐であられる。公が賛成すれば、あなたも耳を傾けるべきでは?」
「数で勝ると勢いを増すというわけね」リアナは鼻を鳴らした。「わたしのほうにも、いろいろと方策はあるのよ。あなたが王太子ということで、北部領 から〈日和見 〉を安く貸し出していることはお忘れないようにね」
「高貴なお血筋かと思いきや、金勘定で脅すとは。やはり育ちがものを言うというところかな」
「あなたが食えない人なのは、最初の五公会からわかっていた」
二人のやりとりを聞いていた、エサルが薄暗くつぶやいた。「他人を従わせるすべを、いろいろお持ちだということだ」
リアナはけげんな顔をする。デイミオンにならともかく、エサルにそういうふうに言われるのは心外だ。エサルは王佐で、彼女の側にいると思っているのだから。
「なにが言いたいの?」
エサルは声を荒げた。「〈竜殺し 〉を使って、俺に警告させただろう!」
「フィルに? わたしが?」リアナは眉をひそめた。「どういうこと? 警告って、なんのことなの、エサル公?」
エサルははっとした。
「……いや、何でもない。ご放念いただきたい」
それから、議論はなんとなく空中分解になってしまった。現王 派のエサルが態度をはっきりしないと、廷臣たちは王にも、王太子にも、どちらにつきようもなくなってしまう。彼らの権力がほとんど均衡しているからだ。
デイミオンはその間隙を利用して、開戦派に有利な結論に導き、追って五公会で決定することを提案した。リアナはしぶしぶ認めるふりをした。実際のところ、五公会で開戦の決定が下されることはないだろう。デイミオンが一票を投じない限りは。
「さて、陛下」デイミオンが立ちあがった。
「有益な結論が出たことだし、王権を持つもの同士、忌憚 なく意見を述べ合うのはどうだろう? 温室で花でも眺めながら」
気障 ったらしく腕を前に出すのを、リアナは冷たい目で眺める。
「王権を持つのはわたし一人よ。あなたと分かちあうつもりはないし、それに話すことは今はないわ」
そして、つと彼の前に立ってにっこりと微笑む。「自分だけでお行きになったら? もっとも、その尊大な態度に見合う花が温室にあればの話だけど」
デイミオンはすっと目を細めた。
「――あなたは竜族の男に対する口の利き方を、もう少し学ぶべきだな。ご自分の品位を落としておられる」
ぎすぎすした雰囲気をたっぷりと周囲にふりまいてから、彼らは連れ立って退出した。
二人を見送って、廷臣たちがひそひそと話をはじめた。
「デイミオン卿は陛下と結婚して、共同統治を考えておられるものだとばかり思っていましたが。いや、邪推でしたかな」
「そうそう、後見の白竜公に求婚の伺いに参られたとかいう噂もありましたしなぁ」
「いやいや、そううまくはいきますまいよ。なにしろ、陛下はあのとおりのはねっかえりでおられるし、閣下は自分が主導権を握れないような女性はお好みでないでしょう」
「そうだとすると、我々にも、王婿 となる出世の道は残されているわけだ」
エサルは組んだ手の上にあごを乗せ、じっと出口の方を見つめていた。
♢♦♢
デイミオンは彼女の先に立って、石段を下り、見たこともない中庭を横切り、野生のバラが頭上を覆いそうな小径に入った。館からは使用人たちの勢いの良い声や、食器が鳴る音が聞こえていたが、温室に着く頃にはそれらも遠くなっていた。扉の前に立っているのが見知った顔の竜騎手だったので、おそらく彼はすべてをあらかじめ計画していたのだろうと思う。
彼女と会うために。
扉を開けて中に入った途端に視界が暗転し、熱く湿ったもので唇がふさがれた。ドンッと大きな音が響いて、自分がガラス窓を背に押しつけられたのだと知る。デイミオンにキスされていることに、頭が追いつくのに少しばかり時間がかかった。首が痛くなるほど上向かされ、息もできない。
身体じゅうが、どくどくと脈打つ欲望のかたまりになったかのようだった。リアナもキスを返し、舌で彼の奥深くを探った。デイミオンは彼女の腰を手でつかみ、前かがみにならずにすむように目の高さまで持ち上げた。
彼の腰に脚を巻きつけると、二人を隔てる服を通して彼を感じとることができた。リアナは唇を離してかろうじて息を吸おうとしたが、デイミオンはそれを許さずに、さらに姿勢を変えて腰を押しつけてきた。壁がまた音を立てて揺れて、扉の前の騎手がびくりとする気配が伝わってくるようだ。
「……デイ……」荒く息をつきながら呼びかけるが、彼はまだやめるつもりはないらしく、非難するかのように下唇を軽く噛んだ。
デイミオンは彼女を壁に押さえつけたまま屈んで、広くあいた襟ぐりの縁に唇を押しあてた。リアナは小さく身震いした。
「デイミオン」リアナはため息のようにつぶやいた。やめてほしいのか、続けてほしいのか、自分でもよくわからない。欲望のために動悸が速くなり、体中が心臓になったかのように脈打っていた。〈呼 ばい〉の絆が、デイミオンもまたリアナ以上に強い欲望を感じていることを伝えてくる。自分の身体に興奮している彼の〈呼 ばい〉が流れ込んできて、いっそう欲望が強まる。
廷臣の解説に、デイミオンはうなずいた。「公の懸念はもっともだな」
尊大な表情をしていてもやっぱりハンサムだわ、と思い、リアナは自分がちょっとおかしくなった。あれほどあからさまに〈
「なぜこんなところで手をこまねいている?」
黒竜大公は、無能を見る目つきで円卓を見わたした。「アーダルも連れてきているし、ガエネイス王の尻に火でも吹きかけてやればいい。どんな戦争兵器だか知らないが、アーダルに勝る兵器など大陸のどこにもない」
廷臣たちがざわめく。でも、リアナにはこれが演技だとわかっている。
だから、わざと円卓を手で打った。「そんなことをやったら、戦争になるじゃないの!」
「戦争のなにが悪い?」デイミオンがあざけった。
「
「それがいいことだとでも? とんだ戦争好きなのね、あなたも」
「弱腰で無能の竜王よりはいい」
「でも、そのせいで人間たちは竜とライダーを恐れるようになった。あんなふうに戦争兵器を開発しているのも、彼らの死に物ぐるいの戦略なのよ。同じことを、また繰り返すというの?」
「やればいい」と、デイミオン。「それに、
やるなら早いほうがいい
。なぁ、エサル卿?」ゆったりと腕と足を組み、いかにも親しげに話しかける。
「……閣下の言う言葉にも一理ある」
それまで黙って聞いていたエサルが、ようやく口を開いた。
「エサル公!」リアナがとがめる。
「いや、お聞きください、陛下」エサルが手で制した。
「……ご存知のように、五公十家のあいだでも、〈
「だからって、早期開戦を決める理由にはならないわ」
「手をこまねいているあいだに、あちらから仕掛けられる可能性も大いにある。その場合、戦地になるのは
エサルは「俺の領地」というところに力を込めた。
デイミオンは、そんな彼をじっくりと観察しているが、その様子は見せずにリアナと演技を続けている。
「エサル公はあなたが任命した王佐であられる。公が賛成すれば、あなたも耳を傾けるべきでは?」
「数で勝ると勢いを増すというわけね」リアナは鼻を鳴らした。「わたしのほうにも、いろいろと方策はあるのよ。あなたが王太子ということで、
「高貴なお血筋かと思いきや、金勘定で脅すとは。やはり育ちがものを言うというところかな」
「あなたが食えない人なのは、最初の五公会からわかっていた」
二人のやりとりを聞いていた、エサルが薄暗くつぶやいた。「他人を従わせるすべを、いろいろお持ちだということだ」
リアナはけげんな顔をする。デイミオンにならともかく、エサルにそういうふうに言われるのは心外だ。エサルは王佐で、彼女の側にいると思っているのだから。
「なにが言いたいの?」
エサルは声を荒げた。「〈
「フィルに? わたしが?」リアナは眉をひそめた。「どういうこと? 警告って、なんのことなの、エサル公?」
エサルははっとした。
「……いや、何でもない。ご放念いただきたい」
それから、議論はなんとなく空中分解になってしまった。
デイミオンはその間隙を利用して、開戦派に有利な結論に導き、追って五公会で決定することを提案した。リアナはしぶしぶ認めるふりをした。実際のところ、五公会で開戦の決定が下されることはないだろう。デイミオンが一票を投じない限りは。
「さて、陛下」デイミオンが立ちあがった。
「有益な結論が出たことだし、王権を持つもの同士、
「王権を持つのはわたし一人よ。あなたと分かちあうつもりはないし、それに話すことは今はないわ」
そして、つと彼の前に立ってにっこりと微笑む。「自分だけでお行きになったら? もっとも、その尊大な態度に見合う花が温室にあればの話だけど」
デイミオンはすっと目を細めた。
「――あなたは竜族の男に対する口の利き方を、もう少し学ぶべきだな。ご自分の品位を落としておられる」
ぎすぎすした雰囲気をたっぷりと周囲にふりまいてから、彼らは連れ立って退出した。
二人を見送って、廷臣たちがひそひそと話をはじめた。
「デイミオン卿は陛下と結婚して、共同統治を考えておられるものだとばかり思っていましたが。いや、邪推でしたかな」
「そうそう、後見の白竜公に求婚の伺いに参られたとかいう噂もありましたしなぁ」
「いやいや、そううまくはいきますまいよ。なにしろ、陛下はあのとおりのはねっかえりでおられるし、閣下は自分が主導権を握れないような女性はお好みでないでしょう」
「そうだとすると、我々にも、
エサルは組んだ手の上にあごを乗せ、じっと出口の方を見つめていた。
♢♦♢
デイミオンは彼女の先に立って、石段を下り、見たこともない中庭を横切り、野生のバラが頭上を覆いそうな小径に入った。館からは使用人たちの勢いの良い声や、食器が鳴る音が聞こえていたが、温室に着く頃にはそれらも遠くなっていた。扉の前に立っているのが見知った顔の竜騎手だったので、おそらく彼はすべてをあらかじめ計画していたのだろうと思う。
彼女と会うために。
扉を開けて中に入った途端に視界が暗転し、熱く湿ったもので唇がふさがれた。ドンッと大きな音が響いて、自分がガラス窓を背に押しつけられたのだと知る。デイミオンにキスされていることに、頭が追いつくのに少しばかり時間がかかった。首が痛くなるほど上向かされ、息もできない。
身体じゅうが、どくどくと脈打つ欲望のかたまりになったかのようだった。リアナもキスを返し、舌で彼の奥深くを探った。デイミオンは彼女の腰を手でつかみ、前かがみにならずにすむように目の高さまで持ち上げた。
彼の腰に脚を巻きつけると、二人を隔てる服を通して彼を感じとることができた。リアナは唇を離してかろうじて息を吸おうとしたが、デイミオンはそれを許さずに、さらに姿勢を変えて腰を押しつけてきた。壁がまた音を立てて揺れて、扉の前の騎手がびくりとする気配が伝わってくるようだ。
「……デイ……」荒く息をつきながら呼びかけるが、彼はまだやめるつもりはないらしく、非難するかのように下唇を軽く噛んだ。
デイミオンは彼女を壁に押さえつけたまま屈んで、広くあいた襟ぐりの縁に唇を押しあてた。リアナは小さく身震いした。
「デイミオン」リアナはため息のようにつぶやいた。やめてほしいのか、続けてほしいのか、自分でもよくわからない。欲望のために動悸が速くなり、体中が心臓になったかのように脈打っていた。〈