3-2. 王権と〈呼ばい〉のこと ②
文字数 2,072文字
きょろきょろしていると、デイミオンが「聞いているのか」と凄んでくるので、思わず首をすくめた。聞き分けのない子どもを見るような目つきだが、嘆息して続きを話してくれる。
「クローナン王は、おまえの母であるエリサ王の跡を襲ったが、二人の間の血縁関係は薄い。まあ五公十家の間では婚姻関係が強いので、いとこや
川の水が上から下に流れるように、王権もまた、竜祖ガハムレイオンの意志に沿って受け継がれるものとされている。一代に現れるのは一人の竜王と、その後を継ぐ王太子の二人だけ――そしてその二人は、〈血の呼 ばい〉と呼ばれる絆で結ばれ、王太子は常に王の座所を感知することができる。……だが現在、オンブリアに正式な王太子はいない」
「いない?」
「……おまえ、本当にそんなことも知らんのか」
怒ってはいないが、心底あきれたような顔だ。「先が思いやられる」
リアナはむっとして言い返した。
「別に思いやってくれなくっていいもん」
「子どものような話し方をするな」
「まあまあ……」
何度目になるかわからないが、フィルがまた取りなした。「だけど、『いない』というのは間違いだよ。『いる』のは最初からわかっていた。王と王太子は、常に一組で選ばれるんだから。ただ、所在がわからなかっただけだ」
「そうだ」と、デイミオン。
「現王クローナン陛下の後継者は、王の在位中に名乗り出る者がいなかった。立太子の宣命がなかったことで、どれほど国政の混乱を招いたか……だが、それも当然だ、後継者自身がそのことを知らなかったのではな」
「……後継者……」
「……あなたのことだよ、リアナ」フィルが微笑んだ。「あなたに聞いた、あの『引っ張られる感じ』……それこそ、王と王太子をつなぐ〈血の呼 ばい〉なのは間違いない」
「〈血の呼ばい〉……」リアナはぼうぜんとして繰り返した。「ずっと、タマリスの方角がわかるだけだと思ってた」
王はほとんどタマリスの王城にいるだろうから、そう勘違いしてしまったのだろう、とフィルは言う。
「本当に周囲の誰も気がつかなかったとは信じられんな。子どものおまえはともかく、おまえの養父は、その『引っ張られる感じ』とやらを知らなかったわけではあるまい?」デイミオンは疑わしそうだ。
「クローナン王も、即位当初からひそかに竜騎手 を派遣して探させていたんだぞ。王太子が不在、などと表だって国中に触れまわるわけにもいかなかったのは事実だが」
「それで、対外的にはデイミオンが〈摂政王子〉なんて呼ばれることになったわけだしね」
「言うな」デイミオンは苦々しい顔でフィルをにらみ、フィルは軽く肩をすくめて流した。
「だって、〈血の呼ばい〉がどんなものかも知らなかったし……、それに、あの引っ張られる感じも、前ほど強くはないし……本当に、わたしなの?」
「残念ながら、間違いない。おまえが言う『引っ張られる感じ』をいま代わりに受けているのは私だ、おまえがどこにいようとその感覚を使って居場所がわかる。試してみるか?」
願ってもない。リアナはうなずいた。
「私にしても昨日からのことだが、覚えている限りでは……昨日の夕刻。左手の人差し指に軽い切り傷」
デイミオンは軽く目を閉じて、記憶を呼び起こしているようだった。
「同じく、昨晩。右手親指と中指。一瞬、熱いものに触った。すぐに冷えて、そのあと痛まない」
「…………。…………!」
リアナの目が零れ落ちそうなほど見開かれたかと思うと、はっとしたように両手を広げた。が、青年はそれを見越したように、
「水ぶくれもない。やけどと言うほどのものでもない。――おそらく焼いたばかりのパイを出すときにでも触ったのだろう」
同意を求めるでもなく、淡々と、デイミオンは続けた。
「そして今朝、早朝だ。左足の小指に鈍痛。これはわからん。小石でも踏んだか? まさか、家の中で家具にでもぶつけたのか」
「そ、そ…………!」
口をぱくぱくさせながら震える指でデイミオンを指さした。なにか言ってやりたいが、言葉にならないらしい。
「粗忽 な娘だな」
子どもを馬鹿にするような口調で言われて、黙っているリアナではない。すぐに言い返す。
「すごく観察力がいいだけかもしれないわ」
「言うと思った」と、デイミオンも返す。
「〈呼 ばい〉を直接送れないのか?」フィルがデイミオンに向かって尋ねる。「そうすれば、理解が早いと思うんだけど」
「可能だ」青年は嘆息する。
「が、精神感応は不慣れなものにとっては暴力のようなものだ。とくに私は、呼びかけを小さく調節するのは得手ではない。ふだんは古竜を相手にしているからな」
「ああ……そう言われれば、〈呼 ばい病 み〉があるくらいだものな」フィルは考えこむ様子だ。
「ついでに言っておくが、一方的に考えを読みとるのは、ライダーの間では暴行と同様にみなされる」
「さすがに、それは知ってる。だとすると、ほかにわかりやすい方法は……」
(フィルは、〈呼ばい〉に詳しくないんだ)
リアナは気づいた。
「クローナン王は、おまえの母であるエリサ王の跡を襲ったが、二人の間の血縁関係は薄い。まあ五公十家の間では婚姻関係が強いので、いとこや
はとこ
くらいのつながりはあるだろうがな。それはクローナン王とおまえも、それからおまえと私も同じだ。川の水が上から下に流れるように、王権もまた、竜祖ガハムレイオンの意志に沿って受け継がれるものとされている。一代に現れるのは一人の竜王と、その後を継ぐ王太子の二人だけ――そしてその二人は、〈血の
「いない?」
「……おまえ、本当にそんなことも知らんのか」
怒ってはいないが、心底あきれたような顔だ。「先が思いやられる」
リアナはむっとして言い返した。
「別に思いやってくれなくっていいもん」
「子どものような話し方をするな」
「まあまあ……」
何度目になるかわからないが、フィルがまた取りなした。「だけど、『いない』というのは間違いだよ。『いる』のは最初からわかっていた。王と王太子は、常に一組で選ばれるんだから。ただ、所在がわからなかっただけだ」
「そうだ」と、デイミオン。
「現王クローナン陛下の後継者は、王の在位中に名乗り出る者がいなかった。立太子の宣命がなかったことで、どれほど国政の混乱を招いたか……だが、それも当然だ、後継者自身がそのことを知らなかったのではな」
「……後継者……」
「……あなたのことだよ、リアナ」フィルが微笑んだ。「あなたに聞いた、あの『引っ張られる感じ』……それこそ、王と王太子をつなぐ〈血の
「〈血の呼ばい〉……」リアナはぼうぜんとして繰り返した。「ずっと、タマリスの方角がわかるだけだと思ってた」
王はほとんどタマリスの王城にいるだろうから、そう勘違いしてしまったのだろう、とフィルは言う。
「本当に周囲の誰も気がつかなかったとは信じられんな。子どものおまえはともかく、おまえの養父は、その『引っ張られる感じ』とやらを知らなかったわけではあるまい?」デイミオンは疑わしそうだ。
「クローナン王も、即位当初からひそかに
「それで、対外的にはデイミオンが〈摂政王子〉なんて呼ばれることになったわけだしね」
「言うな」デイミオンは苦々しい顔でフィルをにらみ、フィルは軽く肩をすくめて流した。
「だって、〈血の呼ばい〉がどんなものかも知らなかったし……、それに、あの引っ張られる感じも、前ほど強くはないし……本当に、わたしなの?」
「残念ながら、間違いない。おまえが言う『引っ張られる感じ』をいま代わりに受けているのは私だ、おまえがどこにいようとその感覚を使って居場所がわかる。試してみるか?」
願ってもない。リアナはうなずいた。
「私にしても昨日からのことだが、覚えている限りでは……昨日の夕刻。左手の人差し指に軽い切り傷」
デイミオンは軽く目を閉じて、記憶を呼び起こしているようだった。
「同じく、昨晩。右手親指と中指。一瞬、熱いものに触った。すぐに冷えて、そのあと痛まない」
「…………。…………!」
リアナの目が零れ落ちそうなほど見開かれたかと思うと、はっとしたように両手を広げた。が、青年はそれを見越したように、
「水ぶくれもない。やけどと言うほどのものでもない。――おそらく焼いたばかりのパイを出すときにでも触ったのだろう」
同意を求めるでもなく、淡々と、デイミオンは続けた。
「そして今朝、早朝だ。左足の小指に鈍痛。これはわからん。小石でも踏んだか? まさか、家の中で家具にでもぶつけたのか」
「そ、そ…………!」
口をぱくぱくさせながら震える指でデイミオンを指さした。なにか言ってやりたいが、言葉にならないらしい。
「
子どもを馬鹿にするような口調で言われて、黙っているリアナではない。すぐに言い返す。
「すごく観察力がいいだけかもしれないわ」
「言うと思った」と、デイミオンも返す。
「〈
「可能だ」青年は嘆息する。
「が、精神感応は不慣れなものにとっては暴力のようなものだ。とくに私は、呼びかけを小さく調節するのは得手ではない。ふだんは古竜を相手にしているからな」
「ああ……そう言われれば、〈
「ついでに言っておくが、一方的に考えを読みとるのは、ライダーの間では暴行と同様にみなされる」
「さすがに、それは知ってる。だとすると、ほかにわかりやすい方法は……」
(フィルは、〈呼ばい〉に詳しくないんだ)
リアナは気づいた。