5-1. 調査班の旅 ④
文字数 2,028文字
テオは今夜はほかの追いはぎが来ることはないと請けあったが、ファニーはこんな死体まみれの場所では眠れないと主張した。そこで野営地をすこしばかり離して明るくなるのを待った。二人が一睡もできずに目をこすりながら起きだしてきたのに対し、テオは一晩熟睡したようなすっきりした顔で体操などをしている。よほど場慣れしているのだろう。〈ハートレス〉の戦闘能力の高さについては聞き及ぶところだったが、昨夜その片鱗を見ると、あらためて常人ばなれしていると思った。金髪がきらきらして目にまぶしかったが、不思議と普段のような反発心は起こらなかった。今度は素振りをはじめ、ベスの視線に気がついて笑ってくれる。彼女はあわてて目をそらした。
一行は朝もやのなかを進みはじめた。はじめのうちは、ポプラや杜松の茂みが多かったが、しだいに草地が減っていき、砂の質も変わってきたように思われた。ふりかえると、〈老竜山〉の山脈が、青い影となってかすんで見えた。
飛竜に乗れば数刻で着くセメルデレ遺跡群も、荷運び竜 で進めば三日ほどの道程がかかる。それでも、その後は誰にも襲われることもなく、天候もなんとか持って、三日目の夜には目印にしていた巨大な水道橋を間近に見ることができた。そのころにはもう追手の心配もなかったので、思い切りよく火を焚いて、景気づけの夕食にした。テオがウサギを狩ってきた。彼はオレガノとタイムの茂みもすぐに見つけ出し(これはほぼそこらじゅうにあった)、本当に素晴らしいローストをこしらえた。
「なにもかもお任せしてしまって、本当にお恥ずかしいです」
教わったとおりにパンを焼きながら、ベスが言った。「学舎では知識だけではなく、もっと実用に即した経験も学べるようにすべきだわ」
「そりゃ、あなたがたはライダーなんですから。こんなこた出来なくても困りませんよ」ローストを取り分けながら、テオ。
「そうでしょうか」彼からローストを受け取り、パンにはさみながら思案する。「ライダーの多くは領主貴族ですが、その能力を日常的に使うのは軍人など一部の者に限られます。それが特権階級たるゆえんなのでしょうが……でも、違う能力を与えられているからこそ、ライダーでも、〈ハートレス〉でも、持てる能力を活かしきるということが大切なように思うのです」
「はぁ、まあ、難しいことはわかんないですけど」
パンを受け取ったテオはさっそくそれにかぶりついた。そして、もぐもぐと咀嚼してから、にっと笑った。「……そういう考え方、俺は好きですよ」
♢♦♢
翌朝、野営地を簡単に片づけて灌木の茂みに隠すと、三人はアエンナガルへの入り口に向かった。ここは、旧イティージエンの王都から北西郊外に当たる場所で、南北にのびるように水道橋の遺構が残っていた。近隣の森にある水源から引かれた上水を王都の地下貯水池へと中継する役割を果たしていたのだという。
「そして、アエンナガルはその地下貯水槽のあたりにあった」水道橋を見上げながら、ファニーが説明した。「王都は廃墟と化しているし、オンブリアの軍隊が水道橋を壊したから、貯水槽も放棄された。不死者の軍隊を隠しておくのにはこれ以上うってつけの場所はないね」
地上に見える水道橋は、ところどころが破壊されているが、残っている部分はイティージエンの建築技術の高さをうかがわせるものだった。緑なす墳丘のあいだにかかっており、周囲の景色と不思議な調和を見せている。
「どうして、これまで秘密が守られてきたのでしょう?」ベスが首をかしげる。「デーグルモールたちは竜に乗りますから、オンブリア側はともかくアエディクラ側では情報を把握していたはず」
「密約があったのは間違いないと思いますよ」テオが言った。
デイミオンたちは古竜に乗って直接、その地下貯水槽の入り口に降り立ったらしいが、今回は隠密の調査だから、そういうことはできない。一行は貯水槽につながる地下道をたどっていくことにした。
「途中で誰かと出くわしたりしませんの?」ベスが聞くと、テオが首を振った。「イティージエンの生き残りたちは、竜を恐れてアエディクラとイーゼンテルレに脱出してます。人に会うことはないと思いますが、サソリがいるかも」
「サソリ!」ファニーとベスは同時に叫んだ。もっとも、ファニーの顔は恐怖で、ベスの顔は好奇心と、それぞれ違う表情だ。
「刺されたら死んじゃうんでしょ!? そんな生き物がいるなら、僕、なかに入れないよ!」
「わたくし、生物図鑑なら何時間でも眺めていられます。エティファの『大陸の知られざる生物たち』はあの生物をどれくらい正確に描けているのかしら。興味深いわ」
テオは苦笑いした。「どちらのご期待も裏切るようで申し訳ないですが、ごくふつうの砂漠サソリですよ。刺されると死ぬほど痛いが、実際に死に至ることはめったにない。臆病な性格なので、刺激しないように気をつけていれば大丈夫。身を守るやり方はなかに入る前に教えます」
一行は朝もやのなかを進みはじめた。はじめのうちは、ポプラや杜松の茂みが多かったが、しだいに草地が減っていき、砂の質も変わってきたように思われた。ふりかえると、〈老竜山〉の山脈が、青い影となってかすんで見えた。
飛竜に乗れば数刻で着くセメルデレ遺跡群も、
「なにもかもお任せしてしまって、本当にお恥ずかしいです」
教わったとおりにパンを焼きながら、ベスが言った。「学舎では知識だけではなく、もっと実用に即した経験も学べるようにすべきだわ」
「そりゃ、あなたがたはライダーなんですから。こんなこた出来なくても困りませんよ」ローストを取り分けながら、テオ。
「そうでしょうか」彼からローストを受け取り、パンにはさみながら思案する。「ライダーの多くは領主貴族ですが、その能力を日常的に使うのは軍人など一部の者に限られます。それが特権階級たるゆえんなのでしょうが……でも、違う能力を与えられているからこそ、ライダーでも、〈ハートレス〉でも、持てる能力を活かしきるということが大切なように思うのです」
「はぁ、まあ、難しいことはわかんないですけど」
パンを受け取ったテオはさっそくそれにかぶりついた。そして、もぐもぐと咀嚼してから、にっと笑った。「……そういう考え方、俺は好きですよ」
♢♦♢
翌朝、野営地を簡単に片づけて灌木の茂みに隠すと、三人はアエンナガルへの入り口に向かった。ここは、旧イティージエンの王都から北西郊外に当たる場所で、南北にのびるように水道橋の遺構が残っていた。近隣の森にある水源から引かれた上水を王都の地下貯水池へと中継する役割を果たしていたのだという。
「そして、アエンナガルはその地下貯水槽のあたりにあった」水道橋を見上げながら、ファニーが説明した。「王都は廃墟と化しているし、オンブリアの軍隊が水道橋を壊したから、貯水槽も放棄された。不死者の軍隊を隠しておくのにはこれ以上うってつけの場所はないね」
地上に見える水道橋は、ところどころが破壊されているが、残っている部分はイティージエンの建築技術の高さをうかがわせるものだった。緑なす墳丘のあいだにかかっており、周囲の景色と不思議な調和を見せている。
「どうして、これまで秘密が守られてきたのでしょう?」ベスが首をかしげる。「デーグルモールたちは竜に乗りますから、オンブリア側はともかくアエディクラ側では情報を把握していたはず」
「密約があったのは間違いないと思いますよ」テオが言った。
デイミオンたちは古竜に乗って直接、その地下貯水槽の入り口に降り立ったらしいが、今回は隠密の調査だから、そういうことはできない。一行は貯水槽につながる地下道をたどっていくことにした。
「途中で誰かと出くわしたりしませんの?」ベスが聞くと、テオが首を振った。「イティージエンの生き残りたちは、竜を恐れてアエディクラとイーゼンテルレに脱出してます。人に会うことはないと思いますが、サソリがいるかも」
「サソリ!」ファニーとベスは同時に叫んだ。もっとも、ファニーの顔は恐怖で、ベスの顔は好奇心と、それぞれ違う表情だ。
「刺されたら死んじゃうんでしょ!? そんな生き物がいるなら、僕、なかに入れないよ!」
「わたくし、生物図鑑なら何時間でも眺めていられます。エティファの『大陸の知られざる生物たち』はあの生物をどれくらい正確に描けているのかしら。興味深いわ」
テオは苦笑いした。「どちらのご期待も裏切るようで申し訳ないですが、ごくふつうの砂漠サソリですよ。刺されると死ぬほど痛いが、実際に死に至ることはめったにない。臆病な性格なので、刺激しないように気をつけていれば大丈夫。身を守るやり方はなかに入る前に教えます」