アンコール すべてハートと君のため ②

文字数 1,569文字

 危ないところだった。ミヤミはふうっと溜めていた息をついた。ふだんから諜報用の道具を持っていて、助かった。
 城内、〈ハートレス〉たちの練兵場。訓練場のなかには音がみだれ飛んでいた。鋼と鋼がうち合わされる澄んだ音、矢が的に突き刺さる鋭い音、男たちの大きなかけ声。天井が高く、まるで屋外のように真上からの光が差していて、あちこちに小さな光の池をつくっていた。
 柱の影になった、危なくない場所に、探していた人物の姿があった。ミヤミは息を整えてから近づいていく。
「ルーイ」
「あっミヤミ、おかえり」
 金髪をかわいらしく結いあげたルーイがトレイを下ろした。彼女は〈ハートレス〉ではなく、ほとんどライダーに近い力を持つ高位のコーラーなのだが、フィルに拾われた縁で彼らと一緒にいることが多い。いまも、休憩用の茶など準備してやっていたらしい。
「アーシャ姫の任務、おつかれさま。大変だったでしょー」
 ルーイはねぎらってくれたが、口数の少ないミヤミはすぐに本題に入った。
「話があるの」
「ん? なに?」
 ミヤミはぐっと拳に力をこめた。「……例の、パートナーの件だけど。力になりたいの。わたしたち……親友だから」
 これを言うために、オンブリアの東の端から帰ってきたのだ。ミヤミの宣言には重みがあった。
 しかし、ルーイの返事は妙に軽かった。
「あっごめーん、もうパートナー決まっちゃったの」

「えっ」
「えっ」
 ミヤミは絶句した。そしてルーイはかわいらしくきょとんとした。

「ルーイ! どこのどいつなの、そのならず者は!?」

「どこのどいつも何も、王都にいる〈ハートレス〉はここにいる野郎どもだけだろーが」
「いたっ」
 後ろから頭をこづかれ、ミヤミは頭をかばってさっとふりむいた。「ケブ!」
 黒髪短髪、兵士としてはやや小柄。無口で俊敏。ケブと呼ばれる男がそこに立っていた。
「なにをやいやい言ってるのかと思って来てみれば……おまえか、ミヤ。練兵場では静かにしろ」
「あ、ケブ。お茶飲む?」
「もらう」
 ルーイと親しげに会話しているケブを目にしたミヤミは、すべての事情をさとった。
「まさか、相手はケブなの!?」
「うん」ルーイは軽くうなずく。
「いや待てよ、まさかっつうほど意外でもないだろ」これは、ケブのツッコミ。
 ミヤミはこの世のあらゆる生物のなかでフィルバート・スターバウが一番好きなのだが、〈心臓持ち〉のなかから選ぶとすれば、ルーイが一番だった。だからこうして急いで帰ってきたのに。
「うらぎりものー!!」ミヤミは半泣きでケブにつっかかった。
「はァ? はやいもん勝ちだろうが、こういうのは」
 ケブが迷惑そうに言った。
「どうしてなの、ルーイ!? ケブでいいなら、私だっていいじゃない!」
「つうか俺でいいだろ、おまえが出ばってくるのがまずわからん」
 言いあっているミヤミとケブは、同じように黒髪で小柄で、はた目には兄と妹といっても通じるくらい似ている。だからやっぱり兄妹ゲンカみたいで、ルーイはおもしろくて、にこにこして見守っていた。

 そして、ケブが先ほど自分に言ってくれたセリフを思いだしていた。

 目の前でミヤミと大人げなく争っている男は、そのミヤミがあらわれるちょっとばかり前に、「なぁ」と話しかけてきたのだった。
「なあに、お茶?」とふりむいたルーイの、その目の前でポケットに手をつっこんだまま、ケブは「あんたの心臓(ハート)、ほかのやつに渡したくないんだけど」と言った。
 とどめには、「俺のお姫さま」と彼女を呼んだ。
 無口で不愛想だが、ケブはこうと決めたら動きが早い。そこもミヤミと似ているのだが。

「ルーイ! 笑ってないでこいつに言ってやって!」
「ルー。思いだし笑いしてんじゃねぇよコラ」

「うふふ」

 故郷である北部領から帰ってきたばかりのルーイは、やっぱりタマリスはいいなぁなんて思っていた。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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