9-2. 王たちの狂宴 ②

文字数 1,452文字

「デーグルモールの残党は少ない」エンガスがかすれた声で言った。
「アエンナガルが落ちて、やつらのどれほどが逃げ延びたにせよ、もはやアエディクラの兵力としては使いものになりますまい。だからこそやつらは攻城兵器を用意している。そして、それらは竜の力で粉砕できる。わが軍に死角はない」

 王は納得しなかった。「アエンナガルで、やつらは竜と竜騎手(ライダー)にあらゆるおぞましい実験をおこない、そのデータを基に攻竜兵器を改良してきた。エサル公はそれを見たのだろう?」

「はい」エサルは目をつむった。「花虫竜(フルードラク)――やつらは巨花虫(ワーム)と呼んでいましたが――それを竜の力を借りることなく倒していました。小型の銃(ショルダーガン)に、爆発する大銛、そしておそろしい捕竜砲(ハープーン)……時間と労力ははるかにかかるにせよ、同じ方法で古竜を殺すことができるでしょう」

「な?」デイミオンが奇妙なほどにこやかに言った。
「彼らを甘くみてはいけないんだ。好戦的で短命でおろかな連中だが、竜と竜族とを打ち倒すために執念深く研究を続けてきた。そしてその労力がいま実を結ぼうとしている」

 エサルの胸に湧きだした違和感は、もはや無視できないほどに大きくなっていた。
 デイミオンは短慮な男ではない――烈火のように怒り、声を荒げることもあるが、エンガスも指摘していたようにそれは対外的な演技であり、むしろつねに五公の調停役となっていたような青年だ。それなのに、〈()ばい()み〉を一顧だにすることなく巨大な声を放って城内のものたちを震えあがらせ、老齢のエンガスを打ちのめしている。いまこうやって国境沿いで戦いの端緒(たんちょ)が切って落とされようとしているとは思えないほど落ちついて、明日の天気について語るのと同じように快活に語っている。それが、おかしいのだ。

 王は、黒竜大公は、いったいどうしてしまったのだ?

 エンガス卿は、「感情をあらわす方法はさまざまだ」と先ほど言っていた。そして、配偶者を亡くすことについて、こう語った。
『私も昔、妻を亡くしたことがある。世界が滅びればよいと思ったよ。――もちろん私一人のために、世界は滅びたりしなかったがね』
 (だが、もし妻を亡くしたのが

なら)エサルは思った。(デイミオン陛下なら、世界を滅ぼすこともできる)


「素晴らしい街だ」デイミオンの目は城下に移っている。「すぐれた領主と竜の庇護のもとで繁栄する都市。オンブリアの都市の女王だ」
「……そのように自負しています」

 青年王はにこやかにあとを取った。「だが、明日には炎につつまれる」
 陛下、と言いかけたエサルの唇が凍った。エンガスは矢を射られたような顔をしている。
「城壁は崩れ落ち、兵士は剣となり盾となって死に、男と子どもが殺されて女と蓄えが奪われる。それが戦争だ。な?」

 濃紺の目はまだ城下に向けられたままだ。ため息のようなものがその口からこぼれた。
「不思議なものだ。ずっと戦争を憎んできた。私の母が放棄し、リアナの母が勝利した戦いを、忌まわしく思ってきた。戦いをはじめる者たちを愚かだと思ってきた。勝とうが負けようが、貴重な命が失われ、国が疲弊するのだから」
「陛下」
「……だがもう、そうは思わない」
 そして、振り返って

と笑った。

「戦争をはじめよう!」王は芝居がかった動作で腕をひらき、身をひるがえした。漆黒の長衣(ルクヴァ)が、風にあおられて強くなびく。
「エリサ王のようにやつらを焼き尽くそう。……アーダルは引き絞られた矢だ。そして私は灰のなかの熾火(おきび)だ。放たれるときを待っている。燃やし尽くすことを待ち焦がれているんだ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み