7-1. ハートストーン ②
文字数 1,876文字
リアナは言われた通りにした。「あの……治療はあなたが?」
「なにか不満でもあるのかね? 私は青のライダーだったと記憶しているが。……しゃべっても構わないが、息は止めないで、そのまま」
クローナンは彼女の腕に当てた指を離し、なにごとかを帳面に記した。見れば、すでに何ページか、リアナについてのものと思われる記録が残っている。
「へんな感じ」
もはや王様然としたとりつくろいにも疲れて、そう呟く。「自分がオンブリアの王で、目の前でわたしの脈を取っているのが自分の前の王で、すでに死んでいるはずなのに、当たり前みたいに生きてる。なんだか、もうすべてが夢みたいな気がしてきたわ」
「違いない」
別の術具を取りだしながら、男が笑う。「……この術具は、〈竜の心臓〉ではないほうの心臓の働きを調べる。腕を締めつけるから、苦しくなったらそう言いなさい」
リアナは膨らみながら腕を締めつけてくる術具を眺めた。締めつけが強くなるにつれて心臓がどくどくと脈打つのを感じ、ゆっくりとゆるむとともにまた治まった。「〈呼 ばい〉は感じるかね? 頻度、強さはどの程度だ?」
「かなり弱いわ。かろうじて届くくらい」
「だろうな。竜術は?」
「使ってない。試してみたほうがいい?」
「いいや。しばらくは禁止だ」そして、今度はフィルに向かう。「今朝、起きた時点でいまと違う訴えはあったか? 瞳孔の色や食思に変化は?」
「いいえ。瞳孔の色はニザランに来てからずっと元のままです。食欲は、元通りではないですが、
問診や、奇妙な術具を使った診察はその後も続いた。
「よし」書きつけを終えたクローナンは満足したように数値を眺めた。「ストッパーの具合は良好なようだ。各種測定からすると、かなり改善傾向にある。発熱と倦怠感はストッパーの副作用だろう」
「ストッパー?」リアナが聞き返す。
「これから説明するよ。失礼して手を洗わせてもらってもいいかね?」クローナンが立ちあがり、フィルもそれにならった。「お茶をお淹れしましょう」
お茶は緑茶とハーブのミックスで、つんとくるような爽やかな香りがあったが、味は甘いといっていいくらいだった。
しばらく黙って茶をすすってから、おもむろにクローナンが切り出した。
「さて、診察の結果だが、さっきも言ったように、おおむね改善傾向にある。ご自分でも、発症当時よりかなり楽になったと感じておられるはずだ。どうかね?」
「ええ、閣下」なんとなくおかしな気分になりながらも、リアナはそう返した。
「これはどういうことかというと、〈竜の心臓〉の機能を制御するためのストッパーがはたらいているおかげだ」
「〈竜の心臓〉の機能を制御する?」リアナはオウム返しに聞いた。「〈呼 ばい〉を感じにくかったのは、そのせいなの?」
「そうだ。あなたがニザランに到着した日の夜に、体内にストッパーを入れさせてもらった。それから定期的に、こうやって各種の測定を行ってきて、これで一週間」クローナンはティーカップを卓に置いた。
「結論から言えば、あなたの病名はオンブリアで〈灰死病〉と呼ばれているものだ。そして、手術によってその病を治すことができるという確証を得た」
灰死病が治る、とリアナは頭の中で復唱してみた。雪山で死にそうになっていたころのことを考えれば、天にも昇るほどありがたいことだ。
でも、本当に? リアナの知る限り、この病にかかって生還した竜族はほとんどいないはずだった。しかも、本来の治療目的だったデーグルモール化については、どうするのだろう?
「もう少し説明を」フィルが彼女の代わりに尋ねた。
「灰死病とは、いったいどんな病気なんですか? いまのリアナはほとんど健康体と変わらないように見える……でも、エランド山脈で、彼女が発症したときにはもう手遅れだと思った。それに、その前からしばらく、彼女には別の兆候があって……それは……」
「瞳孔の色が変わり、食思を示さない代わりに血液への特殊な欲求を示す? 体温が著しく下がり、極寒の土地でも血が凍らない? デーグルモールのように?」
クローナンがあっさりと続けた。「フィルバート、それこそが前駆症状なのだ。極論を言えば、デーグルモールと灰死病は同じ病の別の側面といってよい。この発見は、私とマリウスとが続けてきた悪魔の研究の、唯一の正の遺産だろう」
「同じ病? デーグルモールと灰死病が?」と、リアナ。「
「ある種の不可逆的な変質を病と呼んでよければ、そうだ。……もう少し詳しくご説明しよう」
「なにか不満でもあるのかね? 私は青のライダーだったと記憶しているが。……しゃべっても構わないが、息は止めないで、そのまま」
クローナンは彼女の腕に当てた指を離し、なにごとかを帳面に記した。見れば、すでに何ページか、リアナについてのものと思われる記録が残っている。
「へんな感じ」
もはや王様然としたとりつくろいにも疲れて、そう呟く。「自分がオンブリアの王で、目の前でわたしの脈を取っているのが自分の前の王で、すでに死んでいるはずなのに、当たり前みたいに生きてる。なんだか、もうすべてが夢みたいな気がしてきたわ」
「違いない」
別の術具を取りだしながら、男が笑う。「……この術具は、〈竜の心臓〉ではないほうの心臓の働きを調べる。腕を締めつけるから、苦しくなったらそう言いなさい」
リアナは膨らみながら腕を締めつけてくる術具を眺めた。締めつけが強くなるにつれて心臓がどくどくと脈打つのを感じ、ゆっくりとゆるむとともにまた治まった。「〈
「かなり弱いわ。かろうじて届くくらい」
「だろうな。竜術は?」
「使ってない。試してみたほうがいい?」
「いいや。しばらくは禁止だ」そして、今度はフィルに向かう。「今朝、起きた時点でいまと違う訴えはあったか? 瞳孔の色や食思に変化は?」
「いいえ。瞳孔の色はニザランに来てからずっと元のままです。食欲は、元通りではないですが、
血液への特殊な欲求
はないようです」フィルが答えた。問診や、奇妙な術具を使った診察はその後も続いた。
「よし」書きつけを終えたクローナンは満足したように数値を眺めた。「ストッパーの具合は良好なようだ。各種測定からすると、かなり改善傾向にある。発熱と倦怠感はストッパーの副作用だろう」
「ストッパー?」リアナが聞き返す。
「これから説明するよ。失礼して手を洗わせてもらってもいいかね?」クローナンが立ちあがり、フィルもそれにならった。「お茶をお淹れしましょう」
お茶は緑茶とハーブのミックスで、つんとくるような爽やかな香りがあったが、味は甘いといっていいくらいだった。
しばらく黙って茶をすすってから、おもむろにクローナンが切り出した。
「さて、診察の結果だが、さっきも言ったように、おおむね改善傾向にある。ご自分でも、発症当時よりかなり楽になったと感じておられるはずだ。どうかね?」
「ええ、閣下」なんとなくおかしな気分になりながらも、リアナはそう返した。
「これはどういうことかというと、〈竜の心臓〉の機能を制御するためのストッパーがはたらいているおかげだ」
「〈竜の心臓〉の機能を制御する?」リアナはオウム返しに聞いた。「〈
「そうだ。あなたがニザランに到着した日の夜に、体内にストッパーを入れさせてもらった。それから定期的に、こうやって各種の測定を行ってきて、これで一週間」クローナンはティーカップを卓に置いた。
「結論から言えば、あなたの病名はオンブリアで〈灰死病〉と呼ばれているものだ。そして、手術によってその病を治すことができるという確証を得た」
灰死病が治る、とリアナは頭の中で復唱してみた。雪山で死にそうになっていたころのことを考えれば、天にも昇るほどありがたいことだ。
でも、本当に? リアナの知る限り、この病にかかって生還した竜族はほとんどいないはずだった。しかも、本来の治療目的だったデーグルモール化については、どうするのだろう?
「もう少し説明を」フィルが彼女の代わりに尋ねた。
「灰死病とは、いったいどんな病気なんですか? いまのリアナはほとんど健康体と変わらないように見える……でも、エランド山脈で、彼女が発症したときにはもう手遅れだと思った。それに、その前からしばらく、彼女には別の兆候があって……それは……」
「瞳孔の色が変わり、食思を示さない代わりに血液への特殊な欲求を示す? 体温が著しく下がり、極寒の土地でも血が凍らない? デーグルモールのように?」
クローナンがあっさりと続けた。「フィルバート、それこそが前駆症状なのだ。極論を言えば、デーグルモールと灰死病は同じ病の別の側面といってよい。この発見は、私とマリウスとが続けてきた悪魔の研究の、唯一の正の遺産だろう」
「同じ病? デーグルモールと灰死病が?」と、リアナ。「
デーグルモールは病気なの
!?」「ある種の不可逆的な変質を病と呼んでよければ、そうだ。……もう少し詳しくご説明しよう」