10-4. 即位式、そして…… ①

文字数 896文字

 王都タマリスは、待ちわびた春を迎えようとしていた。住民たちはひときわ高くそびえる王城を指さして、あれこれとうわさ話に余念がなかった。すべての塔に旗や吹き流しがなびき、あらゆる鐘が即位を記念して鳴り響いた。小型竜たちが驚いて舞いあがるのとは逆に、貴族たちの飛竜や古竜が次々と発着場をめがけて降下してくる。青空の下、祝砲が華々しくとどろいた。

 その日、掬星(きくせい)城は即位式に参列する貴族たちで満杯となり、使用人たちは式の支度で朝から大忙しだった。

 城内の彼女の部屋は、以前とは場所も調度も一新されていた。
 陽当たりがよく快適で、広い夫婦の寝室の隣に浴室も備えてある。寄木張りになった床や、胡桃(クルミ)材のベッドなど、暖かみのある調度が故郷やニザランのツリーハウスを思わせて、リアナは気に入っていた。しかも、それらを準備したのがデイミオンだと聞いたときにはかなり驚いたものだった。
 ドレッシング・ルームは、早朝のまだ弱い日差しのなかでざわめきに満ちていた。侍女たちがあれやこれやを運んで行きかう衣ずれの音。年かさの女官が短く指示をする声。ときおり、水の音がするのは、窓際にバスタブが置かれているからだ。
 ざあっというひときわ大きな水音がして、女官たちがバスタブのほうへ駆けよった。流れ落ちる湯とともに、湯につけられた薔薇の香りが広がり、清潔な朝陽を浴びた水滴が髪を淡く輝かせた。
 リアナが立ちあがり、大理石の床に濡れたまま足を下ろすと、女官たちが身体を拭きあげた。肌を柔らかくするクリームがすりこまれ、薔薇とスイカズラの練り香水がつけられた。正式な場では女性は髪を結わないのが竜族のしきたりなので、艶が出るまで櫛をかけたあとは顔の横の髪を編むだけで背に流す。そして、この日のためにデイミオンが特別に準備させたのは竜族の白い正装のドレスだった。イーゼンテルレのものに比べれば露出も飾りも少ないが、それでも春のドレスらしく首まわりは開いていて、レース地もたくさん使われていた。金糸の縫い取りが豪奢な飾り布を細い腰に巻いて、正装の完了だ。

 リアナは鏡に映した自分の姿を確認した。今日は、彼女にとって特別な一日になる。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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