9-2. 王たちの狂宴 ④

文字数 1,483文字

 思案するクルアーンの耳に、竜の鳴き声と翼の羽ばたきが届いた。腰を浮かせて窓に目をやる。そこには竜の影もなかったが、音からすると一匹ではない。
「失礼を」
 状況を確認しようと扉に手をかけたところで、兵士の一人がなだれこんできた。

「敵襲か!?」とっさに剣に手をやる。
「いえ、閣下、わが君。味方の竜です。飛竜に乗った不死者が三名」
「不死者? ああ、デーグルモールのことか」武将は呟く。あの地獄の鳥のごとき仮面と服では、兵士たちに恐れられるのも無理はない。
「はい」兵士が続けた。「〈不死(しなず)の王〉が拝謁にまいったようです。わが君にご報告があると申しています。いかがしましょう」

 王が顔を上げた。「連れてまいれ」
「危険では? 当艦には限られた兵しかおりません」クルアーンは案じた。そして、この場には竜の力を使える人間は一人もいないのだ。言うまでもないが、これまでデーグルモールたちがその役割を担ってきた。
「デーグルモールは、余の切り札のひとつだ。信用しないわけにもいくまい」王はカップを干した。「それにどのみち、ライダーは必要だ」
「あの、本当にお連れしてよいのでしょうか?」新参でもない兵がためらいを見せた。
「なんだ?」
「申し遅れましたが……実は、〈竜殺し(スレイヤー)〉も一緒なのです」
 クルアーンは王と顔を見あわせた。
 

 通されたのは、たしかに三名のデーグルモールと、〈竜殺し(スレイヤー)〉フィルバート・スターバウだった。
 クルアーンが彼らの身元を確認した。かれは『トカゲ捕り』と俗に呼ばれる能力者である。人間ながら〈竜の心臓〉を持ち、同じように心臓を持つ者を見分けることができる――つまり、二つの心臓を持つ竜族と、ヒトの心臓しか持たない〈ハートレス〉(あるいは人間)、そして、〈竜の心臓〉のみが動いている不死者という三者をだ。

 結果は異状がなかった。三名のデーグルモールは、〈竜の心臓〉のみ。そして〈竜殺し(スレイヤー)〉はヒトの心臓のみ。
 念のために彼らの脈を確認しながら、武将はすでに警戒態勢に入っている。長く王のもとに恭順を示してきたものたちとはいえ、元はといえば敵国オンブリアの貴族たちなのだから、警戒も当然だろう。しかも、〈竜殺し〉は大陸一の剣豪で、敵にまわせばこの世でもっともおそろしい兵士となる男だった。もちろん、武装解除はされているが。
 デーグルモールも、フィルバートも、アエディクラ側と連絡が取れなくなって二月ほどが経過している。
 端にいる長身の男が、鳥のような仮面を取って王に一礼し、隣の小柄な人影に何事かをささやいた。何度か顔を合わせており、なじみのあるデーグルモールだった。頭領の側近で、たしか名前は、ニエミと言ったか?

「〈不死(しなず)の王〉か。久しいな」ガエネイスが言った。「かけられよ。手狭なところだが、くつろいでほしい」
 仮面の男が王の正面に座り、その横を二人の不死者が固めた。〈容赦なき(ハートレス)〉フィルはいつものように、少し離れたところにリラックスした様子で立っている。
「アエンナガルが落ちたと報告を受けて、卿らの行方を探させていたが、わからなんだ。今までいずこに? そして、ご子息とほかの兵たちはどうした?」

「活動している仲間は、ほんの数名ほどです」
 ニエミが頭領に代わって答えた。
「陛下らが白竜公とその竜に行っていた

のせいで、アエンナガルは廃墟となりました。オンブリアから竜騎手(ライダー)たちが駆けつけて戦闘となり、多くの者たちが死にました。……ダンダリオン様も黒竜大公との戦いで重傷を負われ、その後、われわれは難民となり、ニザランに赴きました」

 王はぴくりと身を震わせた。「ニザランに? なぜだ?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み