10-1.あなたを信じてる ①

文字数 1,469文字

 〈不死(しなず)の王〉ダンダリオンは、長く不安なまどろみから覚め、長椅子のうえに身を起こした。自分の動きに、見張っていた〈ハートレス〉の兵士が緊張するのを感じる。名前は、テオと言っただろうか?
「外を見るだけだよ」王は言った。
「俺が開けましょう」
 兵士は彼をまたぐように身をのりだして、カーテンを端によせた。
 外の景色が、一瞬だけ彼に過去を思いおこさせた。
 もう正確に思いだせないほど昔、彼はフロンテラの領主だった。そのときにはまだ、ケイエは人間の国イティージエンの領地で、領主一族の城ももっと小さく、こんなに洗練された立派な城ではなかった。しかし、もう自分の人生に起きた出来事とは思えない。竜族の領主として生きた短い人生より、不気味な半死者としての人生のほうがはるかに長くなった。それを人生と呼んでよいのであれば。
 兵士は油断なく外を見まわしていたが、「いったい、なにが起きてるんだ?」といぶかしんだ。
 ぶあつく立ちこめた雲の下部分が、オレンジ色の照り返しを受けていた。空は不穏に渦巻いて、不安定だった。
「黒竜の火だ」ダンダリオンは呟いた。
「あんたの竜か?」
「まさか。私の竜はもう、一人で炎を出すことはできない」
「じゃあ、やっぱり、オンブリアの黒竜部隊が応戦しているのか」
「そうだろう。だが……」近くの岩場にいるはずの、自分の竜の気配を確認しながら言った。シュノーは年寄りなうえ、臆病な性格なので、大勢の竜の気配におびえきっていた。近くに行って力づけてやりたいが、いまの状況では難しいだろう。このあたり一帯を支配するのは、おそらくあの黒竜大公の雄竜のようだが――
「アルファメイルが怒り、炎で威嚇しながら動きまわっている。……テリトリーを荒らされでもしたかのようだ。よくない兆候だ」

 ぱたぱたと軽い足音がしたと思うと、扉が開いて、少年と女性が入ってきた。
「ケイエが攻撃されている」エピファニーと自称する少年が言った。「デイミオン王が黒竜部隊を率いてきて、エサル公はバックアップにまわってる」
「閣下……そういう話は、仮にも敵方(デーグルモール)の頭領の前ではしないでいただきたいもんですが」テオがあきれたように言った。
「どうこう言ってる場合じゃないでしょ! 戦争がはじまっちゃうんだよ。黒竜大公はどうかしてる。誰か止めに行かなくちゃ」
「そうは言っても黄竜のライダーにハートレス一人、俺たちにできることなんてないでしょうが」
「黒竜のライダーたち全員に届くほどの巨大な〈()ばい〉を送っては? 方法によっては可能かも――」
 口々に喋りだした三人に、ダンダリオンがひとり言のように割ってはいった。
「すぐ近くに、ニエミがいる」
 手が制止するように伸び、青い目が宙の一点を見つめた。
「モレスク上空、やや北西、ガエネイス王の飛行船に乗っている……いま、〈()ばい〉の声が」
「ライダーのお仲間ですか? デーグルモールの?」女性が尋ねた。
「そうだ。だが、ニザランにいるはずだった。どういうわけだ?」ダンダリオンはためらいがちに続けた。「……船内に、竜王リアナがいると言っている。〈竜殺し(スレイヤー)〉も。三人はニザランから一緒だった。だが船も攻撃されていて、いま――」
 少年が飛びついてきて、〈不死(しなず)の王〉は一瞬、ついに刺されるのかと思った。だが、エピファニーはぎゅうぎゅうに抱きついてきた。「リアナ! やっぱり生きてた!」
 なにが起こったのかわからず目をまるくしていると、少年はぱっと身を離し、意気揚々と宣言した。
「力を貸しに行かなくちゃ。……〈不死(しなず)の王〉、あなたの目的も、そこできっと果たせるはず」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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