10-2. 竜に乗る者 ③
文字数 1,270文字
炎が一気にかき消えたかと思うと、黒い影のようなものが視界をかすめる。シャーッと威嚇の声をあげながら地面すれすれを旋回し、デイミオンが背鰭 をつかむと一気に上昇した。
アーダルがさっと顔をこちらにふり向けた。なにも映していないような、無慈悲で空虚な目が、別の竜の姿をとらえる。と、すさまじい咆哮をあげた。炎が勢いを増し、尖塔のような巨大な尻尾がすばやく動き、目の前の生き物を叩き落とそうとする。その竜は小柄で年老いた古竜で、その背に二人の男を乗せていた。尻尾はかろうじて彼らに直撃しなかったが、風圧で大きくよろめく。
「やめろ!」フィルが叫んだ。「おまえの主が乗っているんだぞ、アーダル!」
(主を認識できないほど自制を失っているのに、あの黒竜は攻撃されて、レーデルルが攻撃されないのはなぜ?)
「アーダルのテリトリーに入ってしまったんだわ。……デイミオンの制御がはずれて、本能で行動している」
言いながら答えが浮かぶ。レーデルルは雌だ。あの黒竜は雄なのだろう。
(でも、なにか……)
なにか重要なことがある。リアナはそれに気がつきかけたように思った。
デイミオンは、「制御できない」と言った。でも、本当に?
レーデルルでさえ自分の命令に従わないことがあった。ましてアーダルは古竜のなかでも桁はずれに巨大で力も強い。だから、制御できないという理屈自体はわかりやすい。これまで彼が暴走したときにもそう思ってきた。だが……
はじめてそれを目の当たりにしたとき、頭を直接支配するかのようなデイミオンの〈呼ばい〉で気を失いかけた。そして二人とも森に落ちていったのだった。二度目は、彼女を通じてさらに力の上流にいるナイルに呼びかけたために、さらにその力は強かった。この二回とも、力の奔流に彼女のほうが先に耐えられなくなったのだ。
リアナの頭にひらめきが走った。
「あなたに助けられるとは……」
小柄な黒竜の背につかまって、デイミオンが呆然とつぶやいた。ほんの数か月前に、死闘を繰りひろげた相手だ。あのとき、目の前の男に刺された腹の傷がもとで死にかかったのだ。それは相手にしても同じかもしれなかったが。
「助ける? 甘えたことを言うな」不死の王は言った。「あの竜を御すのは、ライダーとしてのおまえの義務だ。死んでもやり遂げろ」
立ったまま見下ろしてくる冷たい青の目は、できないなどと言わせないものがある。
もちろん、言うつもりもない。これはすべて、自分の弱さが招いた惨事だった。
〔アーダルは本能的に攻撃してるわ!〕
〈呼 ばい〉のなかでリアナが言った。〔主人との絆が切れて、自分が制御できなくなって怯えているの〕
「恐怖か……」デイミオンは口に出して答えた。
〔だから、どうしてもアーダルとの〈呼 ばい〉を復活させないといけないの〕
「だが、いまは火の勢いを鎮 めるだけで精いっぱいなんだ。〈呼 ばい〉を強めると、消火に手が回らなくなる。〈老竜山〉が焼き尽くされてしまう」
〔でも、やらなくちゃ。それしかないの、デイミオン。やって〕
アーダルがさっと顔をこちらにふり向けた。なにも映していないような、無慈悲で空虚な目が、別の竜の姿をとらえる。と、すさまじい咆哮をあげた。炎が勢いを増し、尖塔のような巨大な尻尾がすばやく動き、目の前の生き物を叩き落とそうとする。その竜は小柄で年老いた古竜で、その背に二人の男を乗せていた。尻尾はかろうじて彼らに直撃しなかったが、風圧で大きくよろめく。
「やめろ!」フィルが叫んだ。「おまえの主が乗っているんだぞ、アーダル!」
(主を認識できないほど自制を失っているのに、あの黒竜は攻撃されて、レーデルルが攻撃されないのはなぜ?)
「アーダルのテリトリーに入ってしまったんだわ。……デイミオンの制御がはずれて、本能で行動している」
言いながら答えが浮かぶ。レーデルルは雌だ。あの黒竜は雄なのだろう。
(でも、なにか……)
なにか重要なことがある。リアナはそれに気がつきかけたように思った。
デイミオンは、「制御できない」と言った。でも、本当に?
レーデルルでさえ自分の命令に従わないことがあった。ましてアーダルは古竜のなかでも桁はずれに巨大で力も強い。だから、制御できないという理屈自体はわかりやすい。これまで彼が暴走したときにもそう思ってきた。だが……
アーダルが暴走したとき
、そこには常に自分がいる
。はじめてそれを目の当たりにしたとき、頭を直接支配するかのようなデイミオンの〈呼ばい〉で気を失いかけた。そして二人とも森に落ちていったのだった。二度目は、彼女を通じてさらに力の上流にいるナイルに呼びかけたために、さらにその力は強かった。この二回とも、力の奔流に彼女のほうが先に耐えられなくなったのだ。
リアナの頭にひらめきが走った。
「あなたに助けられるとは……」
小柄な黒竜の背につかまって、デイミオンが呆然とつぶやいた。ほんの数か月前に、死闘を繰りひろげた相手だ。あのとき、目の前の男に刺された腹の傷がもとで死にかかったのだ。それは相手にしても同じかもしれなかったが。
「助ける? 甘えたことを言うな」不死の王は言った。「あの竜を御すのは、ライダーとしてのおまえの義務だ。死んでもやり遂げろ」
立ったまま見下ろしてくる冷たい青の目は、できないなどと言わせないものがある。
もちろん、言うつもりもない。これはすべて、自分の弱さが招いた惨事だった。
〔アーダルは本能的に攻撃してるわ!〕
〈
「恐怖か……」デイミオンは口に出して答えた。
〔だから、どうしてもアーダルとの〈
「だが、いまは火の勢いを
〔でも、やらなくちゃ。それしかないの、デイミオン。やって〕