6-4. まだなにかある ①
文字数 2,434文字
フロンテラ領主エサルは、王城の伝令竜舎 に来ていた。〈王の間〉をのぞいてはもっとも高い場所にあり、さえぎるものなく吹き込んでくる風はすでに冬の冷たさだ。
日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。堂々とした体格の美丈夫で五公の一人ということや、年齢が近いこともあってデイミオンと比べられがちだが、漆黒のイメージが強い彼と違いエサルは金と赤とその他の色で周囲に記憶されていた。要するに、派手好みだ。
この日も空色の長衣 に金と臙脂 色の縁飾りという出で立ちで、南西の空に目を凝らしていた。紅竜の目を借りて張りめぐらせた大きな網 に、目当ての伝令竜 を感知する。
フロンテラは、王都タマリスからもっとも遠い領地になる。国境沿いにあり、先の大戦で人間側から割譲 された土地も含むため、この竜の王国でもっとも多く火種を抱える場所とも言える。王の交代での登城 はやむを得ないこととはいえ、領地を長く空けるのは嬉しくなかった。次代の領主である息子は、まだ幼くて〈呼 ばい〉もつたないから、伝令竜 でのやりとりだけが頼みの綱だ。
「新しい連絡があった? エサル公」
少女の高い声に、エサルははっと振りかえった。網 を広げすぎていて、すぐ近くの人物の気配に気がつかなかったとは間抜けだ。とはいえ彼女も古竜の主人なのだから、ふつうならもっと巨大な気配を持っているはずなのだが……。
思う間に竜が飛んできて、エサルの腕に止まった。長距離飛行に向いた、ずんぐりとした胴体と鎌のような形をした長い羽を持ち、滑るように飛ぶ竜だ。脚にくくりつけられた金属管から、折りたたまれた報告用紙を取りだす。
「『護岸 工事をしている作業員たちがストライキ。一日六ユスを要求している』」
「後ろから盗み読まないでいただけますか、殿下」
「『若様はご成長いちじるしく、コート号にて騎竜の訓練をおはじめになり、その勇ましいお姿はわれわれ家臣の』」
「だから、声に出して読むな」
エサルの口調が、王太子に対するものから子どもをいさめる調子に変わった。
「子ども、何歳?」
「四歳と一歳だ」
わぁかわいい、もう竜に乗るんだ、などと言う王太子に、エサルは照れ隠しの空咳をした。
「まあ……お読みになったならわかっただろう。俺は一刻も早く領地に帰りたい。だから貴殿もちゃっちゃと戴冠 して、俺がいなくても早く五公会ににらみを利 かせられるようになれよ」
無茶ぶりだが、リアナはそれには是とも否とも答えず、思案げに空を眺めている。
自分の領地で育ったというこの少女について、エサルはいまだに評価を下しきれないでいる。年齢相応に子どもっぽくもあるし、同時に政略で自分を巻きこむようなしたたかな面も見せる。北部領 の出身とは思えないほど社交的でもあるが、こうやって黙りはじめるといつまでも一人で考えこむようなところもある。
いまも、そうやってしばらく黙考したあと、ふいに思わぬことを尋ねてきた。
「国境沿いの〈隠れ里〉を襲ったデーグルモールの雇い主は、アエディクラ。あなたもそう推測している。でしょ?」
エサルは虚 を突かれたが、「……ああ」とうなずいた。
「あいつらは不気味なゾンビだが、理性がなくなってるわけでもないし、同胞 を喰うのは間違いないにしても実態には誇張がある。あいつらを保護して、手の汚れる仕事をさせてるやつらが、間違いなくほかにいるはずだ」
リアナはうなずいた。「里人たちの死体は、ひどく損傷しているものもあったけど――ほとんどは単に刺殺されていた」
喰われてはいない。そう言外の意味をこめている。
「オンブリアの軍事力をそぐために、竜を育てる里を襲うこと自体は筋が通らないわけじゃない。ただ、かなりリスキーではあるよな」
「クローナン王の死を好機と見た? 政治的に混乱することを見越して……」
「あり得 る。つまり様子見だ。新しい王がすぐに収拾できるのか? 混乱が続くのか?……だが、だとすると情報の精度は非常に高いとみるべきだ。王の崩御と里の襲撃には一日しかタイムラグがない」
二人は、ぽんぽんと会話の球を打ち合いながら仮定を披露し、根拠を述べ、そしていくつかの仮定を捨てていった。
「アエディクラの宣戦布告と見るか?――だが、証拠に乏しい。しかも、かの国の軍事力はあなどれない。ガエネイス王は好戦的で、周辺国を次々に落としている――つまり、一度はじめると総力戦になりかねん」
エサルが戦争の可能性にまで言及したとき、リアナは手でさえぎってそれを止めた。
「どうしても、気になることがあって……」
「なんだ?」
風がリアナの金髪をはためかせ、雲のように一刻一刻形を変えて見せている。そうエサルが思うほどの間を置いてから、少女はつづけた。
「生き残った子どもたちは、ケイエで保護している。さっき、そう言ってたわよね?」
「ああ。里近くの山林で、十名ほどが潜んでいるのが見つかった。俺はタマリスに向かってたんで、詳しいことは知らないんだが、そういう報告だ」
「彼らは、いまどこに?」
「とりあえずうちで預かって、〈乗り手 〉や〈呼び手 〉の素質がある子どもは、それぞれ行き先を見つけてやるつもりだ」
「あなたの領地内で、ひと固まりになっているのね?」
「……なにが言いたい?――」
見あげてくるリアナの顔は、奇妙に平静だった。
「
「な」
エサルは弓に射られたような顔をしたのち、のろのろと顔を上げた。
「ケイエが――狙われるっていうのか? 子どもたちか? だが、山里ならともかく、強固 な城塞都市 だぞ――」
「エサル公」さえぎった声は、驚くほど冷静だった。
「里とケイエにどれほどの距離がある?
日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。堂々とした体格の美丈夫で五公の一人ということや、年齢が近いこともあってデイミオンと比べられがちだが、漆黒のイメージが強い彼と違いエサルは金と赤とその他の色で周囲に記憶されていた。要するに、派手好みだ。
この日も空色の
フロンテラは、王都タマリスからもっとも遠い領地になる。国境沿いにあり、先の大戦で人間側から
「新しい連絡があった? エサル公」
少女の高い声に、エサルははっと振りかえった。
思う間に竜が飛んできて、エサルの腕に止まった。長距離飛行に向いた、ずんぐりとした胴体と鎌のような形をした長い羽を持ち、滑るように飛ぶ竜だ。脚にくくりつけられた金属管から、折りたたまれた報告用紙を取りだす。
「『
「後ろから盗み読まないでいただけますか、殿下」
「『若様はご成長いちじるしく、コート号にて騎竜の訓練をおはじめになり、その勇ましいお姿はわれわれ家臣の』」
「だから、声に出して読むな」
エサルの口調が、王太子に対するものから子どもをいさめる調子に変わった。
「子ども、何歳?」
「四歳と一歳だ」
わぁかわいい、もう竜に乗るんだ、などと言う王太子に、エサルは照れ隠しの空咳をした。
「まあ……お読みになったならわかっただろう。俺は一刻も早く領地に帰りたい。だから貴殿もちゃっちゃと
無茶ぶりだが、リアナはそれには是とも否とも答えず、思案げに空を眺めている。
自分の領地で育ったというこの少女について、エサルはいまだに評価を下しきれないでいる。年齢相応に子どもっぽくもあるし、同時に政略で自分を巻きこむようなしたたかな面も見せる。
いまも、そうやってしばらく黙考したあと、ふいに思わぬことを尋ねてきた。
「国境沿いの〈隠れ里〉を襲ったデーグルモールの雇い主は、アエディクラ。あなたもそう推測している。でしょ?」
エサルは
「あいつらは不気味なゾンビだが、理性がなくなってるわけでもないし、
リアナはうなずいた。「里人たちの死体は、ひどく損傷しているものもあったけど――ほとんどは単に刺殺されていた」
喰われてはいない。そう言外の意味をこめている。
「オンブリアの軍事力をそぐために、竜を育てる里を襲うこと自体は筋が通らないわけじゃない。ただ、かなりリスキーではあるよな」
「クローナン王の死を好機と見た? 政治的に混乱することを見越して……」
「あり
二人は、ぽんぽんと会話の球を打ち合いながら仮定を披露し、根拠を述べ、そしていくつかの仮定を捨てていった。
「アエディクラの宣戦布告と見るか?――だが、証拠に乏しい。しかも、かの国の軍事力はあなどれない。ガエネイス王は好戦的で、周辺国を次々に落としている――つまり、一度はじめると総力戦になりかねん」
エサルが戦争の可能性にまで言及したとき、リアナは手でさえぎってそれを止めた。
「どうしても、気になることがあって……」
「なんだ?」
風がリアナの金髪をはためかせ、雲のように一刻一刻形を変えて見せている。そうエサルが思うほどの間を置いてから、少女はつづけた。
「生き残った子どもたちは、ケイエで保護している。さっき、そう言ってたわよね?」
「ああ。里近くの山林で、十名ほどが潜んでいるのが見つかった。俺はタマリスに向かってたんで、詳しいことは知らないんだが、そういう報告だ」
「彼らは、いまどこに?」
「とりあえずうちで預かって、〈
「あなたの領地内で、ひと固まりになっているのね?」
「……なにが言いたい?――」
見あげてくるリアナの顔は、奇妙に平静だった。
「
子どもたちは竜に乗り、竜の力を操ることができるようになる、人間との混血なのよ
。アエディクラは古竜を準備するだけで、オンブリアと同じ兵器を手に入れることができるかもしれない。それが彼らの目的だと、どうして思わないの?」「な」
エサルは弓に射られたような顔をしたのち、のろのろと顔を上げた。
「ケイエが――狙われるっていうのか? 子どもたちか? だが、山里ならともかく、
「エサル公」さえぎった声は、驚くほど冷静だった。
「里とケイエにどれほどの距離がある?
わたしなら、最低でもケイエを抑えられる軍備が背後になければ、そもそも里を襲わないわ
」