3-1. 人間の国、イーゼンテルレ ③
文字数 1,975文字
帰ってくると、今度は情報交換という名の会議になった。
「おーし、じゃ作戦会議といくか」エサルがぱんぱん、と手をはたいて、主要メンバーが集められた。そこは居館のなかで、正餐や夜会などにも使われるもっとも広い部屋だ。
もっとも、遠足のノリはそこまでだった。
各員、きびきびと持場につく。〈呼び手 〉たちが防音の竜術をほどこし、竜騎手 はハダルクを中心とした配置を取った。
竜騎手 ハダルクの黒竜レクサは、タマリスの古竜のなかでアーダルに次ぐ第二の竜 だ。居館を中心に森一つ分ほどの空間を超自然的に支配しており、文字通りアリ一匹であっても彼の知覚から逃れることはできない。
もちろん、運用するのは神ならぬ人間のライダーたちだから、用心には用心が必要だ。だから、リアナの背後を〈ハートレス〉の兵士、ケブが守っていた。そのあいだを、侍女のルーイとミヤミが、冷たい茶など配ってまわる。
それだけの人数がいて、座っているのはたった三人。
王であるリアナと、フロンテラの領主エサル公、そして副神官長のファニー。
口火を切ったのはリアナだった。
「エサル公。ケイエの復興でお忙しいところを、外遊についてきてくださってありがとう。まずは、そちらの報告が聞きたいわ」
すっかり王様モードになった少女に、エサルもうなずいた。
「陛下には、直轄地より直々の見舞金、痛みいる。……こちらの復興計画についてはケイエで申しあげたとおりだが、重要なのはデーグルモールの根城と、連れ去られた子どもたちの所在だと思う」
「そのとおりだわ」
「こちらでも竜騎手 、〈ハートレス〉の混合部隊で探させている。……実を言うと、デーグルモールの根城については、ほぼ確証を掴んでいる」
それは初耳だ。「長年、場所が分からなかったんじゃなかったの?」
「公式にはな」
エサルは強調した。
「古竜を飼育するには、どうしてもある程度の環境が必要だ。ねぐらとなる岩場に、水浴びしたり狩猟 をする川か湖。そういう場所は、探してもそれほどあるもんじゃない」
「それじゃ……」
「だが、これまでは理由もなくアエディクラを刺激できるもんでもなかったんでな。なにしろ、あいつらは半死者 たちなわけだから」
たしかに。リアナはうなずいた。
「それで……どこなの? それは」
「旧イティージエン領内アエンナガル」
聞いたことのない地名だった。リアナは〈呼 ばい〉で情報を送り、ついでにデイミオンに聞いてみようかと考えた――が、やめた。痛みや刺激、強い感情といった身体感覚の共有は王の継承権特有のものなので、誰かに察知される恐れはないとされる。ただ、通常の念話は、能力の高い〈呼び手 〉に読み取られないとも限らない。そのあたりの駆け引きは、まだリアナの得意とするところではない。
自分は、王だ。ひとつの判断ミスで、多くの命が危険にさらされることを、残念ながらすでに痛感させられている。
隠れ里の子どもたちを救出するためにケイエに向かうのは、自分ではなく、デイミオンであるべきだった。たとえ黒竜大公の登場がアエディクラへの示威行動ととられかねないとしても、ケイエと子どもたちのために、そうすべきだったのだ。
最善を選んだつもりで、失敗してしまったのは、自分が若く、経験不足で、愚かだったからだ。同じ失敗はもう繰り返したくない。
「それで、子どもたちは? 一緒なの?」
「いや。おそらく、もう人間側にわたっていると思う」
リアナは舌打ちした。もちろん、当然、そう考えてしかるべきだ。
「イーゼンテルレとアエディクラ――どちらかに子どもたちがいるとして。どうやって、この二国を探るのがいいと思う?」
そう言ってから、リアナはまたも自分が悪手を打ったことに気づいた。間諜として使えるテオを、すでにフィルの捜索のために使ってしまっている。ケブは自分の護衛として外せない。竜騎手 たちは見るからに貴公子という出で立ちで間諜には全く向かないし。
「そういうときのための宴席じゃないか」
険悪な顔をしている王に、ファニーがにっこりして言った。「そこで探ってみようよ」
「それはいいが、ガエネイス王はかなり老獪 で危険な男だぞ」
エサルが渋った。「陛下をやつに近寄らせるなと、デイミオン卿には釘を刺されている。……俺も同意見だ。失礼とは存じるが、卿 は危なっかしいところがあるしな」
「わかってるわ」
デイミオンの小言は面白くないが、理解もできる。自分は少しばかり無鉄砲なところがあるとの自覚もある。リアナはうなずいてみせた。
「危ないことはしない。エサル卿かハダルク卿の〈呼 ばい〉と、目の届く範囲でやる。それでいい?」
エサルは
「南の領地 は、長い間デーグルモールの危機と相対してきた。それに正面切って取り組もうとした王権保持者は陛下、あなたが二人目だ。俺はあなたを支持しますよ」
「おーし、じゃ作戦会議といくか」エサルがぱんぱん、と手をはたいて、主要メンバーが集められた。そこは居館のなかで、正餐や夜会などにも使われるもっとも広い部屋だ。
もっとも、遠足のノリはそこまでだった。
各員、きびきびと持場につく。〈
もちろん、運用するのは神ならぬ人間のライダーたちだから、用心には用心が必要だ。だから、リアナの背後を〈ハートレス〉の兵士、ケブが守っていた。そのあいだを、侍女のルーイとミヤミが、冷たい茶など配ってまわる。
それだけの人数がいて、座っているのはたった三人。
王であるリアナと、フロンテラの領主エサル公、そして副神官長のファニー。
口火を切ったのはリアナだった。
「エサル公。ケイエの復興でお忙しいところを、外遊についてきてくださってありがとう。まずは、そちらの報告が聞きたいわ」
すっかり王様モードになった少女に、エサルもうなずいた。
「陛下には、直轄地より直々の見舞金、痛みいる。……こちらの復興計画についてはケイエで申しあげたとおりだが、重要なのはデーグルモールの根城と、連れ去られた子どもたちの所在だと思う」
「そのとおりだわ」
「こちらでも
それは初耳だ。「長年、場所が分からなかったんじゃなかったの?」
「公式にはな」
エサルは強調した。
「古竜を飼育するには、どうしてもある程度の環境が必要だ。ねぐらとなる岩場に、水浴びしたり
「それじゃ……」
「だが、これまでは理由もなくアエディクラを刺激できるもんでもなかったんでな。なにしろ、あいつらは
竜族の
たしかに。リアナはうなずいた。
「それで……どこなの? それは」
「旧イティージエン領内アエンナガル」
聞いたことのない地名だった。リアナは〈
自分は、王だ。ひとつの判断ミスで、多くの命が危険にさらされることを、残念ながらすでに痛感させられている。
隠れ里の子どもたちを救出するためにケイエに向かうのは、自分ではなく、デイミオンであるべきだった。たとえ黒竜大公の登場がアエディクラへの示威行動ととられかねないとしても、ケイエと子どもたちのために、そうすべきだったのだ。
最善を選んだつもりで、失敗してしまったのは、自分が若く、経験不足で、愚かだったからだ。同じ失敗はもう繰り返したくない。
「それで、子どもたちは? 一緒なの?」
「いや。おそらく、もう人間側にわたっていると思う」
リアナは舌打ちした。もちろん、当然、そう考えてしかるべきだ。
「イーゼンテルレとアエディクラ――どちらかに子どもたちがいるとして。どうやって、この二国を探るのがいいと思う?」
そう言ってから、リアナはまたも自分が悪手を打ったことに気づいた。間諜として使えるテオを、すでにフィルの捜索のために使ってしまっている。ケブは自分の護衛として外せない。
「そういうときのための宴席じゃないか」
険悪な顔をしている王に、ファニーがにっこりして言った。「そこで探ってみようよ」
「それはいいが、ガエネイス王はかなり
エサルが渋った。「陛下をやつに近寄らせるなと、デイミオン卿には釘を刺されている。……俺も同意見だ。失礼とは存じるが、
「わかってるわ」
デイミオンの小言は面白くないが、理解もできる。自分は少しばかり無鉄砲なところがあるとの自覚もある。リアナはうなずいてみせた。
「危ないことはしない。エサル卿かハダルク卿の〈
エサルは
にっ
と笑った。「