10-3. 和平協定と兄弟ゲンカ ②

文字数 1,323文字

 領主の部屋を臨時の執務室として借り受けた竜王デイミオンは、めずらしく朝から座ったままで報告を受け、戦後処理についてあれこれと命令を出していた。ライダーや文官たちが次々に拝謁しては指示を仰ぎ、せわしなく入出と退出をくり返している。
 王の、その体勢の原因となっているのは膝の上に座らされているリアナで、どんなに抗議しても受けつけてもらえない。とにかく目の届くところに彼女がいないと安心できないと主張するので、リアナはあきらめて彼の膝にちょこんと座り、見てはいけないものを目にしてしまったような臣下たちの気まずい顔に耐え、自分ひとりだけがいたたまれない気持ちになっている。
 デイミオンは彼女の復位について、やけに大きなひとり言めいて話していた。
「〈血の()ばい〉は、どうしてこういい加減なんだ? 当人が生きているのに、心臓を取りだしただけで切れてしまうなんて。王位継承の手段としてまったく当てにならん。そうだろう?」
「……デイ」
「〈御座所〉に復位を願うという方法もあるようなんだがな。ナイメリオンを副王太子とするとか。だが、こんなことなら、いっそ〈血の()ばい〉なんぞ無視して、新しく王家を創設するのも手じゃないか? 人間みたいに」
「デイミオン」
 王に呼びかけているのは、膝の上の少女ではなく、壁に寄りかかっているフィルバートだった。
「嫌がってるみたいだけど」
 あまり似ていない兄弟二人の、青とハシバミの目がかちあった。片方は腰を下ろしているので、視線は斜めに交錯し、見えない火花が散った(と、周囲の者たちは思った)。
 二人の男は久しぶりの再会を喜ぶでもなく、テリトリー争い中の雄竜同士のように静かに緊張感をはらませていた。そのことも、リアナが息をひそめて事の推移を見守っている理由だった。
「嫌がってなどいない」デイミオンが少女の腰をささえて顔を近づけ、甘い声で言った。「なぁ、リア?」
 嫌ではないが、困惑している。どう言えば角が立たないのかわからず、リアナは縮こまって、「王位については、いまここで決めるべきことじゃないと言うか……」とお茶を濁した。
「「王位についてじゃない」」
 トーンの違う二種類の声が重なり、声の持ち主たちはまたにらみ合った。


「それで?」デイミオンの声に不穏な響きがまじった。
「ニザランへの道中、

になにをした?」
 その場にいた全員(おもにリアナ)に、緊張が走った。
 

になにをしたって……」フィルはしらけた顔で言った。「デイが彼女にしたことなら、たいてい俺もやったと思うけど」
 膝の上のリアナは背筋が凍る思いがした。
(どうしてそれを今言うの!?)
 デイミオンはうっすらと目を細め、危険な目つきになった。「……おまえにも聞いておくことがありそうだな、リア?」
 彼女は内心でこの場から逃げだしたい思いを抑えられなかった。
 

 救いは意外な方面から訪れた。ライダーたちとともにエンガス卿が入室を求めたのだ。
「デイミオン陛下」
 さすがに老獪(ろうかい)な政治家らしく、その場の不穏な空気を読みとっても顔色を変えることはなく、「リアナ陛下、フィルバート卿」と会釈をした。

「準備が整いました。和平交渉のための席へと両陛下をご案内させていただきます」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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