7-1. 解き放たれて ③

文字数 1,629文字

 レーデルルがリアナを乗せたまま、大ドームの上から飛び去った直後。
「行くな、リア!」
 デイミオンは叫び、〈()ばい〉の遠さにいら立ちを隠しきれなかった。

 北部領の領主権が移動したせいで、リアナの上流にさらにナイルの〈()ばい〉が発生してしまった。王権ほど強い力ではないはずだが、ライダーとして未熟な彼女は力の流入をうまくコントロールできないでいるのだろう。

 もっとも、制御に苦労しているのは自分も同じだった。
 王を守るべく続こうとするが、アーダルの制御がままならず、動けない。敵対的なほかのオスの気配に、アルファメイルの本能が戦闘モードに入ってしまったのだろう。繁殖期でもこれほど手に負えなかったことはないのに、いったいどうしたことか。
「畜生!」悪態をついたところが、さらに銃弾が向かってきた。運よくそれたが、頬をかすって血が流れる。

 アーダルが後ろ足で立ちあがり、ひときわ高く咆哮した。結果、主人(ライダー)は竜から振り落とされる。空中へ放り投げられたデイミオンは垂直方向に空気を押し出し、体の向きを変えてまっすぐに着地した。着地の瞬間を狙って打ち出されるマスケット銃の乾いた音。横転しながら避け、柱の影に身を隠した。

「アーダル! 正気に戻れ!」
 アーダルは応答しなかったが、目の前の障害物――つまり、デーグルモールたち――に向かって炎を吐いた。視界があかあかと燃え、逃げきれなかったデーグルモールたちが身をよじって倒れた。
 ――オオオオオオ……
 彼らの悲鳴は、まるで谷間を抜ける不吉な冬のつむじ風のように響いた。


 ドーム下の黒竜アーダルを挟み、デイミオンとちょうど逆側に、不死者の王ダンダリオンがいる。
 彼はマスケット銃と捕竜銃(ボムランス)を投げ捨てた。がらんがらんと音を立てて床に落ちるにまかせる。
 黒竜は咆哮しながら首をめぐらせ、何かを探しているように見えた。狂暴で、おそろしく気が立っているようだ。

「シュノーを探している」思わずつぶやいた。

 古竜は概して賢く、おとなしい性質の生き物だが、黒竜だけは例外だ。特に繁殖期のオスは手が付けられないほど粗暴になることがある。黒竜の主人であるダンダリオンにはもちろん経験があるが、しかし目の前にいるのはそれをはるかに超える個体だ。
 竜族の寿命をすでに生ききっているダンダリオンでさえ、これほどまでに巨大な黒竜を見たことはない。

「なんという(おお)きな……」

 周囲を見回すが、確認するまでもなく、負傷者ばかりの集まりだ。ニエミはライダーだが、それ以外に戦力になりそうな者はほとんどいない。ダンダリオンの能力で、黒竜シュノーに挑発させれば、この場から黒竜を追い払うことはできるだろう。しかし、本隊のことを考えると、この巨大な黒竜にシュノーを殺させるわけにはいかない。
 却下だ、と彼は思った。
 とすると、ほかにできることは、ほんのわずかしかない。ここで黒竜とその主人を足止めし、本隊が脱出する時間を稼ぐのだ。そのための計画を、わずかな時間でごく冷静に考える。
 
 が、彼はその先を続けることはできなかった。
 黒竜が血走った目で周囲を睥睨(へいげい)し、目当てのオスがいないことを確認すると、ぐっと沈み込んで飛び立つ姿勢になったのだ。
(まずい)
「行くな!」奇妙なことに、二人の男が竜を仰いで同時に叫んだ。
 だが、主人の呼びかけにも応えることなく、黒竜は一声叫ぶと、野分のような風を起こして飛び去った。その爆風が、彼らの衣服をばたばたとはためかせる。
 
 計画は変更せざるを得ない。
 目の前には、黒竜の主人にしてオンブリアの王太子、デイミオン・エクハリトスが立っている。
 自分の背後には、信頼できる部下が一人と、わずかな戦力としての兵士四、五人、それに負傷者と『変容』中の半死人が十体ほど。
 そしてはるか後方の地下道には、次の指導者となるべき青年と、数百名の同胞がいる。
 
 長剣をすらりと抜き、この男を殺さねば、とダンダリオンは思った。たとえここで自分が死ぬとしても。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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