10-4. 即位式、そして…… ③

文字数 1,409文字

 簡素な式が終わると宴会の時間となり、まだ日も高いうちからつぎつぎとワイン樽が開けられた。料理もすばらしいものだった。料理長特製のスパイスの効いたハムを使った前菜。タマリスの春の名物である鶏肉料理は、クリームのかかったローストをはじめ各種。ニンニクとバターで煮込んだイガイやイカスミの料理。つけあわせのアスパラガスやマメ、酵母を使った柔らかいパンに、ベリーと蜂蜜のムース……。

 王として復位することを望まず、王妃として城に戻ってきたリアナのまわりに、多くの参列者たちがあいさつに訪れた。

「リアナ陛下(さま)
 呼ばれてふりむくと、かつての自分とおなじスミレ色の瞳と目があった。北方領主ナイル・カールゼンデンが立っていた。亜麻色の髪と純白の長衣(ルクヴァ)が今は亡きメドロートを思わせて、リアナの胸が痛む。こうやってようやくデイミオンと夫婦になったのだから、それを一番に知らせたいのは本当は彼だった。だが、隣に立つ少女の姿を見てやっと顔をほころばせた。
「ルーイ! ノーザンの生活はどう?」
 リアナが王城に入ってからずっと侍女として仕えてくれていたルーイは、彼女の身代わりとして北部領に出向いていた。彼女に似せるために巻き毛にしていた髪も、元通りにまっすぐになって、下のほうだけをかわいらしくカールさせていた。
「もう、寒くて退屈で寒くて退屈で、永遠にその繰りかえしです」
 ルーイがぼやくと、ナイルが彼女を見下ろして、冗談めかして言った。「北部領(ノーザン)には二つの季節があると言われているんですよ。冬と、すこし暖かい冬です」
 もう影武者の必要もないから、帰ってきていいのに、と言うのはやめておいた。二人はとても打ちとけた雰囲気に見える。少なくともナイルのほうは、隣の少女にもっと長くノーザンにいてほしいと思っているに違いない。
 喜ばしいことはたくさんある。うれしい再会も。でも、リアナの心は完全には晴れなかった。
「フィルはどうしてるか、知ってる?」ためらいがちに切りだした。「北部領(ノーザン)で竜術の修行をしてるって手紙が来たんだけど……」
「はい」ナイルがうなずいた。「でも、五日ほど前にノーザンを出立なさいました。……ご存じなかったですか?」
「ええ」リアナの顔がくもった。

 和睦のためにリアナが出した条件は、思いもかけない形で彼女を苦しめることになった。
 収穫が終わった冬と、繁殖期の春。この二つの時期にリアナがオンブリアに戻れるように、デイミオンは和平の条件を調整していた。その期間、代替のライダーとしてフィルバートがアエディクラに留まることまでが条件に含まれていた。
 フィルバートは、それをデイミオンと二人で決めたとあっさりと白状した。しかも、あのケイエの城を巻きこんだ壮大な兄弟げんかの後にだ。
 そして、タマリスに戻らずに、そのまま北部領に旅立ってしまったのだった。レーデルルと、彼女の心臓とをもって。

 ナイルとルーイは顔を見あわせた。ルーイが、「フィルバートさまのことですから、きっとお元気ですよ」となぐさめた。ナイルは、「白竜のライダーの所在については、私が責任をもって陛下にお伝えします」と言った。
「ありがとう。……でも、大丈夫」リアナは、強いて微笑んでみせた。
 上王の返答を得ると、二人は丁寧に場を辞した。
 ところでこの二人は、のちにタマリスで繁殖期(シーズン)を過ごすことになり、そこで王位をめぐる計画に巻きこまれることになるが、それもまた別の物語になる。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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