10-3. 和平協定と兄弟ゲンカ ⑥

文字数 862文字

「お・と・な・し・く・やられろ!」デイミオンがすごんだ。
「イヤだ。こっちだって恨み骨髄なんだから」
 答えたとたん、デイミオンの一発が腹に決まった。思わず体を曲げるほど、痛い。
 間髪入れずに、もう一発。次は顔だ。
「負けを認めて引き下がるんだな。男の嫉妬は、みっともないぞ」
「嫉妬? だいたい、この春からしか結婚できないはずなのに、夫とか言いだすほうがずるいだろ。ルール違反だ」
「ルールだと? ハッ、おまえにだけは言われたくないな。俺のシーズン中を狙ってこそこそと――」

「どうしてみんなのいるところで言うの!!?」リアナが悲鳴をあげた。いくばくかの同情と、羨望のまじったまなざしが向けられた。

 デイミオンが弟のわき腹に打ちこめば、フィルは兄の腎臓に右フックを命中させる。おかしなことに、剣でも竜術でもお互いの実力差が明確なのに、拳闘だけはほとんど互角だった。
「〈剣聖〉だの英雄だのと持ちあげられて、いい気になっているんじゃないか? 俺のほうが強い!」
ボス猿(アルファメイル)気取りも大変だな。残念だけど、彼女が信頼して心臓をあずけたのは俺だ! どっちが上か、そろそろわかりそうなものだけど、なっ」
「結婚式で吠え面かくがいい!」
「浮気でもして、愛想つかされろ!」
 お互いにはぁはぁと荒く息をつきながら、殴り合いながら、ののしり合う。とても、オンブリアの王と英雄の姿とは思えない。口を開くのもキツい様子なのに、応酬は止まなかった。

 そして、関係者と関係ない者たちが息をのんで見守るなか、幕切れは滑稽なほどあっけなくやってきた。

 二人がほぼ同時に繰りだした顔への拳が、どちらも避けなかったために同時に決まり、そして二人ともバランスを崩してよろけ――
 しかし、倒れたのは同時ではなかった。

 二人とも背後に大きくよろめいたが、どうっと音を立ててデイミオンが倒れたのを見届けるようにして、フィルが前向きに倒れたのだ。

「勝負あり!」
「勝者、フィルバート卿!」

 審判らしいライダーが勝者の腕を取って上げたが、応答はない。どうやらフィルも意識を失ったらしかった。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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