5-1. 掬星城(きくせいじょう) ③

文字数 2,061文字

 メドロートは黙ったまま、穴があくほど真剣にリアナを見下ろしている。あまりに身体が大きく、無口なので、冬山の精かなにかかと思えるほどだ。

 見かねたのか、デイミオンが横から補足した。
「メドロート公は、あなたのお母上の叔父に当たる方だ」
 メドロートは呟くように言った。「

が、エリサの隠した子がい。めんげなぃ」

?」メドロートの言葉には、なぜか聞き取れない部分もあったが、その部分には思わず眉をひそめた。「わたしの母が?」
 養父はあまり母のことを話そうとしなかった。王だったことはおろか、竜騎手(ライダー)だったことすら、デイミオンに聞くまで知らなかったのだ。

 が、壮年の男はそれにはまったく答えず、フィルを冷たく見た。「なして〈竜殺し(スレイヤー)〉がここにいる?」
「デイミオン卿と、竜騎手(ライダー)たちがお迎えに行った、と聞きましたが」
 まただわ、とリアナは思った。ケイエのときと同じだ。誰もがフィルを(うと)んじ、恐れながら遠ざけるようなことを言う。
 もしわたしが王になったら、なにがあろうと、フィルにこんな口を聞かせたりしない、と思い、すぐにあわてて、(わたしは王になんかならない)と思いなおした。
(デイミオンが、せめてなんとか言ってくれたら……)

 ケイエのときのように、デイミオンが一喝するかと思ったが、彼は口を閉じたままだ。リアナはフィルのほうをうかがいたかったが、立場上、背後を振りかえるのははばかられた。
「殿下の居場所を正確に知っているのは、俺だけでしたから」フィルが静かに答えた。
「〈竜殺し(スレイヤー)〉は王位継承者の側にいるべきではねぇ」メドロートは古竜のように低くうなった。
「ですが、それがもっとも安全でもある」
 グウィナ卿のはつらつとした軽やかな声が割って入った。「南部にはデーグルモールが出没しているとか。殿下の御身を守るのに、戦時の英雄、〈ウルムノキアの救世主(セイヴィア)〉以上の適任者はいないかと思いますが」
 アイスブルーの瞳でリアナをしっかりと見つめながら、彼女は念を押した。どうやら、フィルの味方が一人はいるようで、リアナはほっとした。
「わたくしなら、フィルバート卿の忠誠を手に入れられるのであれば、古竜以上の価値があると思いますわ。殿下」
「はい」リアナは微笑む。「もう証明してくれました」
 グウィナもにっこりした。
 
 その場で一人だけ、口を開いていなかった〈若獅子〉エサル公を、リアナはこっそりと横目で見た。彼はケイエを含む広大な南部の国境地帯(フロンテラ)を治める領主だ。重要人物のはずだが、五公のなかではデイミオンと同じくらい若く見える。様子をうかがっているのは彼も同じかもしれない。
 〈騎手(ライダー)〉であることを示す長衣(ルクヴァ)は黒。背後の古竜は、松明の火を反射して鱗が紅玉の色に輝く。赤い竜なのだ。
(どの竜も大きい)
 竜たちを見比べながら、リアナは思う。(でも、アーダルより大きな竜はいないわ)
 
 注目が自分に集まっているのを察したのか、金髪の青年は腕を組んだまま口を開いた。
「北の領主家は、高貴なお血筋が多くてうらやましいですな。われわれ南の氏族は、蛮族どもと戦に明け暮れる日々だが」
 声に皮肉げな響きがある。美男子だが、口調はやや粗野でもあり、そこがデイミオンやメドロートと違うようだ。南部はオンブリアのなかで田舎なので、そう感じるのかもしれない。
「王を選ぶのは竜祖ですよ」アーシャがやんわりと言った。
「〈血の()ばい〉は尊重しますが、なぜいつも竜王は北の領主家から選ばれるんです? われわれフロンテラや、エンガス卿のササン領ではなく?」エサルはなおも言った。

「ササン領、フロンテラ領の竜族たちは、先の戦争でも人間たちの侵攻を防いだ」
 デイミオンの声にはとりなすような色がある。「リアナ殿下は南部、国境の隠れ里のご出身だ。卿らの武勲の大きさはよく感じておられるだろう」
「南には南の、北には北の役割がある」メドロート卿がそっけなく言った。「卿らは国土を保ち、我々は種を保つ」
「ノーザンの冷凍庫ね。ありがたい小麦の種はいつも出し渋られるが」
 どうやら、竜の王国を統治する諸侯たちは、一枚岩ではないらしい、とリアナはこっそり思った。
「各々の役割は大切だが、国難にあっては互いの働きに無知であっていいとは思いません」デイミオンは渋い顔をしている。「われわれは互いを尊重し、強い鎖とならねば」

 そのとき、食事の支度(したく)が整ったことを知らせる使いが来て、険悪な雰囲気になりつつあるのを中断した。デイミオンがかすかに嘆息したのにリアナは気づいた。ほっとしたのかもしれない。
 彼らについて行こうとしたとき、フィルが耳元にささやいた。
「これからしばらく、俺は側で守れなくなるかもしれない。気をつけてください。城内で信じていいのは、デイミオンとハダルクだけだ……覚えておいて」
 思わず、青年の顔を見上げる。フィルはいつもの柔和な笑顔を消していた。
「……もう行ってください。俺にはあまりかまわないで」
 背中を押され、リアナは歩いていく。
 歓迎の声が遠く聞こえた。
 
王城(キープ)へようこそ、リアナ殿下」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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