1-1. 繁殖期(シーズン) ②

文字数 2,374文字

 〈王の間〉から扉ひとつ(へだ)てただけの露台に行くのに、リアナの背後には数人の護衛が影のようにつき従っていた。竜騎手(ライダー)のハダルクと、〈ハートレス〉のテオとケブだ。
 ハダルクは、多忙なデイミオンの代わり。そしてテオとケブは、フィルの代わりだった。でもリアナは、代わりではない二人の男のほうがよかった――デイミオンにしろ、フィルにしろ。〈隠れ里〉ではじめて出あった二人の青年は、頼れる身内をすべて失った彼女の人生にとってほかに代えがたい存在となっていた。里からこの王城に来るまで、そして即位するまでのあいだ、彼らはそれぞれの方面から彼女のことを陰に陽に守ってくれていたことを後になって知った。
 二人のどちらも、最近では彼女の近くにいないことが多いのも、リアナの憂鬱のひとつの原因には違いなかった。デイミオンは通常の業務にくわえて繁殖期(シーズン)の社交があるし、フィルのほうは、この半月まったく音沙汰がない。

 フィルバート・スターバウはおだやかで、少しばかり乾いたユーモアの持ち主で、リアナの小さな変化も見逃さず気にかけてくれる優しい青年だが、驚くほど秘密主義でもある。なにしろ二つ名が多い。「大戦の英雄」、〈ハートレス〉、〈ウルムノキアの救世主(セイヴィア)〉、〈竜殺し(スレイヤー)〉。そのうちのどれ一つとして、彼が自分から話してくれたことはない。

 でも、いま彼女が常に目で追ってしまうのは、デイミオンのほうだった。背が高くて高慢で皮肉屋の五公の貴公子。そして、彼女と〈血の()ばい〉でつながっている後継者にして、時には政敵でもある。政治的にやっかいな相手というだけでなく、彼女自身の年齢が、二人のあいだを(はば)んでいた。あと、たった一年。そうすれば自分も『夏』の年齢に入る。そしたら繁殖期にも参加できるようになる――

 掬星(きくせい)城とも呼ばれる城の、まさに星に手が届きそうな露台。そこに立ってもの思いにふけっていたリアナに、声がかかった。

「まぁ、陛下をこんなところで一人きりに放っておくなんて。わたくしのかわいい甥たちは、いったいなにをしているのかしら?」

 品がありながら快活さも感じさせる女性の声に、リアナは振りかえる。
 五公の一人、そしてデイミオンとフィルの叔母でもあるグウィナ卿は、長いドレスの裾を手にもって軽やかに近づいてきた。淡いブルーのドレスと白い肌が夜空に映えて、まるで星を自分の宝石にしているみたいだった。
「グウィナ卿……」
 なにか言おうと思った。星がきれいですね、とか、今夜の宴はいかがでしたか、とか、そういう当たりさわりのないことを。だが、グウィナのアイスブルーの瞳が間近に見え、距離の近さを感じる間もなく、お腹からふわりと身体が浮きあがる。

(落ちる――!!)

 グウィナの白い顔が紺色の夜空に見え、つまり背を下に落ちている――そして、

。瞬間、これで何度落ちたことになるのだろう、とおかしなことを思った。古竜レーデルルとの力の道はつねに開いているから、そこにできるかぎりの力を受けいれ、自分の身体にその力が流れこむのにまかせた――

 ――そして、落下を止めた。

 風の力を使うのはうまくいったが、姿勢を変えるのに苦労していると、白い手に掴まれる。
「んー、ダメねぇ」
「グウィナ卿!」
 グウィナは体重がない者のようにふわりと空中に浮いていて、リアナが頭を上にしようと苦戦しているのを助けた。みっともない体勢の彼女とは異なり、グウィナのほうはドレスの(すそ)にまで風の力がいきわたっている。

が細い。日頃から、もっと古竜の力を使うようにして、身体になじませないといけませんよ」

 リアナは口をぱくぱくさせた。まがりなりにも彼女はこの国の王だというのに、いままさに露台から突き落とされたうえ、古竜の使い方が悪いと説教を受けている。
「グウィナ卿! なんてことをなさるんですか!」

 引っぱりあげられるように浮いて、二人は露台に戻った。護衛の男たちが真っ青になって露台の縁に詰め寄っていた。テオとケブはすでに抜刀して戦闘態勢に入っている。リアナは手をふってとどめた。
「訓練……訓練だから。下がってちょうだい」しぶしぶと言う。「わたしは安全だから」
 グウィナは同調するようににっこりした。そして、落下で乱れた袖まわりなどを整えてくれながら、なにごともなかったかのように「それから」と続けた。
「いまこの場にデイミオンが駆けつけていないということは、〈()ばい〉も使っておられない」

 リアナは押しだまった。
 〈()ばい〉は一般に竜族が使う念話の一種だが、ここで彼女が言っているのは王とその継承者との間にだけ存在する〈血の()ばい〉のことだった。王国の端まで二人を結びつけ、会話だけでなく身体感覚も共有する魔法の力。本来なら、彼女が危機を感じた瞬間にデイミオンが飛んできてもおかしくないし、実際にそんなことも何度もあった。でも、リアナはいまその力を、できるだけ

ようにしていた。理由は単純なことだった。

「だって、いまデイを呼んだりしたくないです。……ほかの女の子と楽しそうに踊ったりしてるのに」
「それが繁殖期(シーズン)というものですよ、陛下。着飾って踊って、相手を見さだめて。華やかで楽しそうに見えるでしょうが、それも子どもをなすための竜族の大切なつとめです」
 グウィナはそう言うと、どこか甥のフィルにも似た、どうとでもとれる微笑みを浮かべた。それでも、彼女はあの場に参加できるはずだし、してきたはずだ。リアナはいま、誰もかれもに子ども扱いされることに、心底うんざりしていた。デイミオンにも、メドロートにも、グウィナにも。


「……成人して次の歳からしか繁殖期(シーズン)に入れないなんて、だれが決めたの? どうして今じゃだめなの? わたしがデイミオンを好きなのは、来年じゃなくて、いまなのに」
 それが、リアナの目下の悩みなのだった。

 

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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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