9-2. 王たちの狂宴 ⑧
文字数 1,449文字
将校があとに続いた。「竜の火です! 前線基地は無事ですが――」
「黒竜大公か。やはり、王みずからやってきたな」ガエネイスが落ちついた声で言った。
「ジャシアンに任せてある。案ずるな」
「しかし――」
「余の采配を疑うか? 報告を続けよ」
(デイミオン!)
リアナは心の中で叫んだ。
窓に走り寄って、直接彼の姿を見たいという思いを、なんとか抑えこんだ。〈血の呼 ばい〉が切れてしまったことが、いま、あまりにも歯がゆい。
(もう攻撃がはじまっている。……いったいなにがあったの、デイミオン!?)
「さて、こうなると貴殿の来訪も違った意味をもってくる」
昼食のメニューについて話しているかのように、王は淡々と続けた。「黒竜大公は、上王の乗った船を落とすことはできまい。貴殿らは余らと一蓮托生となってしまった。違うかな?」
自分の領土を燃やされている最中に、よくその利点に気がつけたものだ、とリアナは思った。だが、とっさに作戦を練りなおす。
「いいえ、違います」と、首を振った。
「オンブリアでは、わたしはもはや死人です。今の王はデイミオン、そして彼は、わたしがここにいるとは思っていない」
――わたしが死んだと思っている。
それは、口に出さなかった。それこそが、リアナが焦っている理由なのだった。
「ふむ」
ガエネイスは、指で机を叩いている。とん、とんとん。その軽い音に焦りはうかがえない。
「いまあなたが停戦を決めてくだされば、デイミオン卿を説得できます。ご決断を――すべて燃えつきてしまってからでは遅いのよ」
「武力をもって和を結ぶことを求めるなら、余も退くわけにはいかぬな」
「いいえ、ここに持ってきたのは停戦とは別のものよ」
王の指の動きが止まった。
「わたしがアエディクラに行くわ」
「ダメだ!」誰かが叫んだ。
ガエネイスとリアナが同時に顔をあげてその男を見た。フィルバートはつかつかと歩み寄ってきて、クルアーンが止めるまもなく机に手を振りおろした。「なにを言っているんだ、あなたは!?」
「なんと」ガエネイスがため息をこぼした。机の上の酒杯 が倒れ、赤ワインがこぼれだしている。小姓があわてて駆け寄ってきて、高価な地図に染みができないように持ちあげる。
ガエネイスはそれをちらりと見てから、彼女に視線を戻した。
「どういうことか、余に説明してくれるかね? 〈竜殺し〉がこのように激昂するのははじめて見たように思うが」
「フィル、下がって」
座ったまま見上げるが、フィルは拳を握ったまま動こうとしない。
「こんなことのために、危険を冒してあなたをここに連れてきたんじゃない。発言を取り消してください」
「いいえ」
「リアナ!」
「わたしはほんとうにあなたの王なの? 下がって、フィル。もう決めたことよ」
ガエネイスはおもしろそうに二人のやり取りを見ている。芝居ならなかなか立派だ、とでも思っている顔だ。なにしろ、〈竜殺し〉はじつに巧みに嘘をつくのだから。だが、もしそうでないとしたら?
「興味が湧いてきたぞ、〈竜殺し〉。おまえの冷静さを失わせるものがあるとは思わなかった。まして、それがひとりの女性であるとはな。われわれは高尚なことをしゃべっているようだが、案外と陳腐な動機に従っていたりする。そこが面白い。
……話を続けよう、竜王リアナ。貴殿は余の国に来るというのかね?」
「はい」リアナはスミレ色の目で王を見た。
「わたしは、白竜の竜騎手 としてアエディクラに行く。そして、あなたの国を飢えから救う。これが、わたしの持ってきた停戦の切り札なの」
「黒竜大公か。やはり、王みずからやってきたな」ガエネイスが落ちついた声で言った。
「ジャシアンに任せてある。案ずるな」
「しかし――」
「余の采配を疑うか? 報告を続けよ」
(デイミオン!)
リアナは心の中で叫んだ。
窓に走り寄って、直接彼の姿を見たいという思いを、なんとか抑えこんだ。〈血の
(もう攻撃がはじまっている。……いったいなにがあったの、デイミオン!?)
「さて、こうなると貴殿の来訪も違った意味をもってくる」
昼食のメニューについて話しているかのように、王は淡々と続けた。「黒竜大公は、上王の乗った船を落とすことはできまい。貴殿らは余らと一蓮托生となってしまった。違うかな?」
自分の領土を燃やされている最中に、よくその利点に気がつけたものだ、とリアナは思った。だが、とっさに作戦を練りなおす。
「いいえ、違います」と、首を振った。
「オンブリアでは、わたしはもはや死人です。今の王はデイミオン、そして彼は、わたしがここにいるとは思っていない」
――わたしが死んだと思っている。
それは、口に出さなかった。それこそが、リアナが焦っている理由なのだった。
「ふむ」
ガエネイスは、指で机を叩いている。とん、とんとん。その軽い音に焦りはうかがえない。
「いまあなたが停戦を決めてくだされば、デイミオン卿を説得できます。ご決断を――すべて燃えつきてしまってからでは遅いのよ」
「武力をもって和を結ぶことを求めるなら、余も退くわけにはいかぬな」
「いいえ、ここに持ってきたのは停戦とは別のものよ」
王の指の動きが止まった。
「わたしがアエディクラに行くわ」
「ダメだ!」誰かが叫んだ。
ガエネイスとリアナが同時に顔をあげてその男を見た。フィルバートはつかつかと歩み寄ってきて、クルアーンが止めるまもなく机に手を振りおろした。「なにを言っているんだ、あなたは!?」
「なんと」ガエネイスがため息をこぼした。机の上の
ガエネイスはそれをちらりと見てから、彼女に視線を戻した。
「どういうことか、余に説明してくれるかね? 〈竜殺し〉がこのように激昂するのははじめて見たように思うが」
「フィル、下がって」
座ったまま見上げるが、フィルは拳を握ったまま動こうとしない。
「こんなことのために、危険を冒してあなたをここに連れてきたんじゃない。発言を取り消してください」
「いいえ」
「リアナ!」
「わたしはほんとうにあなたの王なの? 下がって、フィル。もう決めたことよ」
ガエネイスはおもしろそうに二人のやり取りを見ている。芝居ならなかなか立派だ、とでも思っている顔だ。なにしろ、〈竜殺し〉はじつに巧みに嘘をつくのだから。だが、もしそうでないとしたら?
「興味が湧いてきたぞ、〈竜殺し〉。おまえの冷静さを失わせるものがあるとは思わなかった。まして、それがひとりの女性であるとはな。われわれは高尚なことをしゃべっているようだが、案外と陳腐な動機に従っていたりする。そこが面白い。
……話を続けよう、竜王リアナ。貴殿は余の国に来るというのかね?」
「はい」リアナはスミレ色の目で王を見た。
「わたしは、白竜の