10-2. 竜に乗る者 ②
文字数 1,267文字
炎が近づきつつあった。水たまりが干上がっていくようにだんだんと、炎の壁が近づきつつある。が、熱よりも恐ろしいのは先に空気が尽きることだ。おそらくいま、デイミオンはほとんどの力を酸素を確保することに使っているのだろう。しかし、酸素を生めば炎の力はいっそう強まる悪循環だ。
「炎を遮断できないか?」
「白竜の力よ。酸素は止められない――」ケイエの火事を思い出し、リアナはいそいで首をふった。「水がある!」
〔レーデルル!〕
〔来て、わたしとアーダルを助けて!〕
竜を呼び、じりじりしながら待った。まもなく白く優美な翼が上空にあらわれた。驚いたことに、背に人影がある。
「デイミオン!」
白竜の上からフィルが呼ばわった。軽い指笛の音に、竜がするりと旋回する。古竜は、たとえ〈ハートレス〉でも信頼関係に応じてくれる場合もあるのだろうか? あるいは、ごく短い期間でもライダーとして共に過ごした時間のおかげなのだろうか。
「フィル!」デイミオンも応えた。上空で、レーデルルの上に立つフィルバートがそこにいた。
炎の勢いが弱まった。デイミオンとフィルバートは目だけでタイミングを推しはかる。
「飛びうつれ!」
ふわりと腰が浮いたかと思うと、デイミオンが自分を持ちあげていた。「デイ、だめ――」レーデルルはもう目前に迫っている。
「掴まって!」フィルの腕にとらえられ、振り向くともう竜の上だった。風で髪が巻きあげられ、地面がぐんと遠のく。
炎の勢いがいっきに増した。ゴオオッとうなり、デイミオンの姿がかき消えた。
「デイミオン!」叫ぶと、煙を吸った肺がむせて涙がでた。
「やめて、こんな別れは――」
「もう一回……」だがもちろん、フィルはあきらめていなかった。「もっと炎を弱めて! もう一度降りる、次がラストチャンスだ!」
その言葉に力づけられ、〈竜の心臓〉にようやく熱が戻ったのを感じた。水。地下深くで生き物のように脈動するもの。流れと熱を、フローチェイサーの思うがままに……
「レーデルル!」
名前を呼んだのが爆発点になった。ハンドルを回すように、やすやすと、一気に水柱が噴きあがる。燃えたつ地面の下によくもこれほどの水が、と思うほどの量だった。水圧を引き受けてひっくり返りそうになるのを、フィルがあわてて腕で支える。
それほどの水量でも、間にあわない。炎の勢いが強すぎるのだ。破裂音がますます激しくなった。
「デイミオン!」悲痛な声で叫んだのは、自分ではなく、フィルだった。
「だめ!」
集中がとぎれかかり、伸ばした手のひらから水滴が散って顔を濡らした。溺れ死んだってかまわないから、水を、もっと……
「頭を下げろ!」そのとき、命令する大きな声が聞こえた。「大きく吸って、口を閉じるんだ!」
知らない声だと思った。あるいは、知っている声かもしれないとも思った。高くも低くもない、かろうじて男性とわかるような特徴のない声だ。でも、デイミオンと同じ、命令することに慣れている声だ。命令に相手が従うことを知っている声だった。
「あれは、誰……?」リアナは目をすがめ、思わず呟いた。
「炎を遮断できないか?」
「白竜の力よ。酸素は止められない――」ケイエの火事を思い出し、リアナはいそいで首をふった。「水がある!」
〔レーデルル!〕
〔来て、わたしとアーダルを助けて!〕
竜を呼び、じりじりしながら待った。まもなく白く優美な翼が上空にあらわれた。驚いたことに、背に人影がある。
「デイミオン!」
白竜の上からフィルが呼ばわった。軽い指笛の音に、竜がするりと旋回する。古竜は、たとえ〈ハートレス〉でも信頼関係に応じてくれる場合もあるのだろうか? あるいは、ごく短い期間でもライダーとして共に過ごした時間のおかげなのだろうか。
「フィル!」デイミオンも応えた。上空で、レーデルルの上に立つフィルバートがそこにいた。
炎の勢いが弱まった。デイミオンとフィルバートは目だけでタイミングを推しはかる。
「飛びうつれ!」
ふわりと腰が浮いたかと思うと、デイミオンが自分を持ちあげていた。「デイ、だめ――」レーデルルはもう目前に迫っている。
「掴まって!」フィルの腕にとらえられ、振り向くともう竜の上だった。風で髪が巻きあげられ、地面がぐんと遠のく。
炎の勢いがいっきに増した。ゴオオッとうなり、デイミオンの姿がかき消えた。
「デイミオン!」叫ぶと、煙を吸った肺がむせて涙がでた。
「やめて、こんな別れは――」
「もう一回……」だがもちろん、フィルはあきらめていなかった。「もっと炎を弱めて! もう一度降りる、次がラストチャンスだ!」
その言葉に力づけられ、〈竜の心臓〉にようやく熱が戻ったのを感じた。水。地下深くで生き物のように脈動するもの。流れと熱を、フローチェイサーの思うがままに……
「レーデルル!」
名前を呼んだのが爆発点になった。ハンドルを回すように、やすやすと、一気に水柱が噴きあがる。燃えたつ地面の下によくもこれほどの水が、と思うほどの量だった。水圧を引き受けてひっくり返りそうになるのを、フィルがあわてて腕で支える。
それほどの水量でも、間にあわない。炎の勢いが強すぎるのだ。破裂音がますます激しくなった。
「デイミオン!」悲痛な声で叫んだのは、自分ではなく、フィルだった。
「だめ!」
集中がとぎれかかり、伸ばした手のひらから水滴が散って顔を濡らした。溺れ死んだってかまわないから、水を、もっと……
「頭を下げろ!」そのとき、命令する大きな声が聞こえた。「大きく吸って、口を閉じるんだ!」
知らない声だと思った。あるいは、知っている声かもしれないとも思った。高くも低くもない、かろうじて男性とわかるような特徴のない声だ。でも、デイミオンと同じ、命令することに慣れている声だ。命令に相手が従うことを知っている声だった。
「あれは、誰……?」リアナは目をすがめ、思わず呟いた。