3-3. 花火と半死者 ②
文字数 1,697文字
どれくらい走ったのかもわからなかったが、しばらく走って、結局は立ち止まることになった。膝を手でつかんではぁはぁと荒く息をつく。目指している艀 にはアエディクラ軍の兵士たちがずらりと整列していた。クリーム色に赤のラインが入った、目立つ軍服の列。そこにはとても近づけないだろう。野外で明かりが乏しいうえに、王も諸侯たちも、芥子粒の大きさにしか見えない。仮に彼がいたとしても、確認のしようなどなかった。
――そんなこと、走る前からわかっていてもよかったのに。
いらだちと不安が頂点に達し、履いていた靴をつかんで地面に投げつけた。花火に目を奪われていた廷臣たちの一団が、ぎょっとして振り返った。
「駄々っ子みたいな姿だな」
悪意あるひやかしの声に、リアナははっとした。すぐ近くに人の背ほどもある巨大な花瓶が置かれ、大量のラーレが活けられていた。城にあったものとは違い、夜闇に映えるユリのような白色だ。そこから聞こえるようだったが、もちろんそうではなく、花瓶の影になるような場所に男が立っている。
「飴を買ってもらえなかったのか? みっともない恰好だな。髪はぼさぼさ、化粧はどろどろ、靴は片方なし」
そういって、冷やかすように片手を振った。自分やファニーとそう年は変わらないように見える。首や腰の細さが、まだ成長の途中であると思わせる体格。袖のないぴったりした黒の上衣から白くて細い二の腕がのぞいている。くしゃっとした短い金髪。下働きの少年にしては、ふてぶてしい出で立ちだ。
リアナはじろじろと観察してから、「誰?」とつっけんどんに尋ねた。
青年――少年? は笑みを浮かべたまま、何も言わずにラーレの花を一本取った。二人が見つめるなか、みるみるうちに凍っていく。まっすぐな茎に支えられた大きな花弁がはらりと落ち、かすかに乾いた音を立てる。その白い腕に、絡みつくように黒い紋が浮かび上がった。
「……あ……」
驚きのあまり言葉にならない。青年の目は発光物質のように輝いている。
「俺は立って歩く死さ。あんたとおんなじ」
リアナは力なく首を振った。「……ちがう……わたしは……」
小柄な体格と声、あざけるような話し口調には聞き覚えがあった。ケイエで出会い、戦ったデーグルモールの兵士は、彼ではなかったか。みな一様に同じ嘴のついた仮面と防護服。目の前の男とは違いすぎる。でも、彼らは普段、日光を遮断する服を着ている。夜はその装備をつけていないとしても不思議はなかった。
だが、その姿はあまりにも――竜族に似すぎている。死者を食らうまがまがしい半死者 とは、とても思えない。
「あなたは、デーグルモールの兵士なの? もしそうなら……」
捕まえなければ、という言葉は喉で呑みこむ。意識して背後を気にしないように努める。すぐ近くに、護衛の誰かがいても不思議ではない。
うまく時間を稼げば、この男を捕まえられるかもしれない。
「もしそうなら、なんだと言うんだ? あんたの国じゃ罪人かもしれないが、ここは人間の国だぜ。何を根拠に捕まえる?」
「子どもたちをさらったわ! ケイエの街を燃やして!」
時間を稼ぐつもりだったのに、我慢できず、リアナは激昂した。「誰の命令なの!? あなたたちの頭領はだれ!?」
青年はふと冷笑を消した。「そういうあんたは誰なんだ?」
「ケイエで、あんたは〈霜の火〉を使った。あんたの腕に〈生命の紋〉が浮かびあがっていた。どちらも、
「黙りなさい!」
「体温は正常か? 食事は? 周りに不審がられてるんじゃないか? 俺たちは
「黙れと言ったのよ――」
リアナが叫ぼうとすると、突然、思ってもみなかったことが起きた。ピシッ、という固い音がいくつか続いたあと、河岸に並んだ花瓶がいっせいに割れだしたのだ。彼女に近い位置からいっせいに、まるで遠くの投石器から狙い打たれたかのように、真ん中から粉々に。
「いや、なんだよ、それ……」デーグルモールはおかしくてたまらないというふうに笑った。
「
――そんなこと、走る前からわかっていてもよかったのに。
いらだちと不安が頂点に達し、履いていた靴をつかんで地面に投げつけた。花火に目を奪われていた廷臣たちの一団が、ぎょっとして振り返った。
「駄々っ子みたいな姿だな」
悪意あるひやかしの声に、リアナははっとした。すぐ近くに人の背ほどもある巨大な花瓶が置かれ、大量のラーレが活けられていた。城にあったものとは違い、夜闇に映えるユリのような白色だ。そこから聞こえるようだったが、もちろんそうではなく、花瓶の影になるような場所に男が立っている。
「飴を買ってもらえなかったのか? みっともない恰好だな。髪はぼさぼさ、化粧はどろどろ、靴は片方なし」
そういって、冷やかすように片手を振った。自分やファニーとそう年は変わらないように見える。首や腰の細さが、まだ成長の途中であると思わせる体格。袖のないぴったりした黒の上衣から白くて細い二の腕がのぞいている。くしゃっとした短い金髪。下働きの少年にしては、ふてぶてしい出で立ちだ。
リアナはじろじろと観察してから、「誰?」とつっけんどんに尋ねた。
青年――少年? は笑みを浮かべたまま、何も言わずにラーレの花を一本取った。二人が見つめるなか、みるみるうちに凍っていく。まっすぐな茎に支えられた大きな花弁がはらりと落ち、かすかに乾いた音を立てる。その白い腕に、絡みつくように黒い紋が浮かび上がった。
リアナと同じように
。「……あ……」
驚きのあまり言葉にならない。青年の目は発光物質のように輝いている。
「俺は立って歩く死さ。あんたとおんなじ」
リアナは力なく首を振った。「……ちがう……わたしは……」
小柄な体格と声、あざけるような話し口調には聞き覚えがあった。ケイエで出会い、戦ったデーグルモールの兵士は、彼ではなかったか。みな一様に同じ嘴のついた仮面と防護服。目の前の男とは違いすぎる。でも、彼らは普段、日光を遮断する服を着ている。夜はその装備をつけていないとしても不思議はなかった。
だが、その姿はあまりにも――竜族に似すぎている。死者を食らうまがまがしい
「あなたは、デーグルモールの兵士なの? もしそうなら……」
捕まえなければ、という言葉は喉で呑みこむ。意識して背後を気にしないように努める。すぐ近くに、護衛の誰かがいても不思議ではない。
うまく時間を稼げば、この男を捕まえられるかもしれない。
「もしそうなら、なんだと言うんだ? あんたの国じゃ罪人かもしれないが、ここは人間の国だぜ。何を根拠に捕まえる?」
「子どもたちをさらったわ! ケイエの街を燃やして!」
時間を稼ぐつもりだったのに、我慢できず、リアナは激昂した。「誰の命令なの!? あなたたちの頭領はだれ!?」
青年はふと冷笑を消した。「そういうあんたは誰なんだ?」
「ケイエで、あんたは〈霜の火〉を使った。あんたの腕に〈生命の紋〉が浮かびあがっていた。どちらも、
血の温かいもの
にはできない所業だ」「黙りなさい!」
「体温は正常か? 食事は? 周りに不審がられてるんじゃないか? 俺たちは
ちょっと
ヒトと違うからな、はは」「黙れと言ったのよ――」
リアナが叫ぼうとすると、突然、思ってもみなかったことが起きた。ピシッ、という固い音がいくつか続いたあと、河岸に並んだ花瓶がいっせいに割れだしたのだ。彼女に近い位置からいっせいに、まるで遠くの投石器から狙い打たれたかのように、真ん中から粉々に。
「いや、なんだよ、それ……」デーグルモールはおかしくてたまらないというふうに笑った。
「
なぁ、あんた本当は、もう死んでんじゃないの
?」