戴冠式、そしてわたしは…… ①

文字数 2,658文字

 掬星城(きくせいじょう)の廊下という廊下には、びっしりと人が立ちならんでいた。

 竜騎手(ライダー)近衛(このえ)兵、事務官たちが、廊下の広くなったところに集まり、使用人たちは戸口や回廊の隅に控えていた。各領地からやってきた領主貴族とその一族たちは、それぞれの紋章の入った旗の近くに集まり、王の後継者が即位宣言の場に向かうのをじっとうかがっていた。儀式用の剣を掲げた三十人の近衛兵を先導に立て、デイミオンとリアナは足早に式典場へと向かった。

 リアナが歩くそばから、足もとには花が投げられ、あちこちの戸口や階段からは、名前を呼ぶ歓喜の声がそれに続く。すでに、ケイエでの彼女の活躍が広まっているものとみえた。デーグルモールの出現については緘口令(かんこうれい)を敷いているが、民衆を火事から救った王太子というのは格好の宣伝材料になるのだろう。

 リアナ・ゼンデンは王として迎えいれられようとしている。
 自分がそれを望んでいるかはわからないが。

「あの兵士の家族は見つかった?」歩きながら、リアナが問う。
「いや」デイミオンは小声で答える。

 そのあとは念話に切りかえた。聴かれたくない内容なのだろう。
〔ケイエ付近に、やつらが使っていたと思われる廃屋を発見した。が、同胞(どうほう)痕跡(こんせき)はなかった〕
 リアナはうなずく。おおかた、予想されていたことではあった。
〔本拠地については、まだぜんぜん情報はないのよね?〕

 デイミオンは、顔に笑みを貼りつけたままかすかに首を振る。

〔何十年も探してきて見つからないのだから、すぐにとは行くまい。……だが、あの兵士の情報は貴重だった〕
〔その貴重な情報のために一人の兵士が死に、ケイエは四分の一が燃えたのよ〕

〔……あまり自分を責めるな〕
 見下ろしてくる青い目に(さと)される。リアナは小さくため息をついた。ケイエではみっともないところを見せてしまったから、仕方がないところではあるのだけれど。
 
「ケイエの復興予算についてだけど、今年度の予算審議に間に合うかな?」
「特別費として計上させている。審議会を通す必要はない」
「せっかくこれだけの貴族たちが集まっているんだから、今日、見舞金を(つの)ったらどうかしら?」
「それはいいが――おい、顔をしかめたままにするな。領主たちが不振がっているぞ」
 顔を近づけてささやかれ、耳が赤くなるのを感じた。
「……こ……」
「こ?」
「こんなときに笑えないわ。あなたと違って慣れてないもの。……それに、王になる準備だってまだ出来てない。国内は問題が山積みだし……デーグルモールのこともあるし……」
「今は忘れろ」デイミオンは、ふいに作りものではない本物の笑みを浮かべた。「準備のいかんはともかく、おまえが王になることに異論のあるものはいないだろう」
「あなたがそんなこと言うなんて、驚きだわ。いつもの皮肉屋はどこにいったの?」

「もう疑ってはいない。おまえは王にふさわしい」
 それは、そっけないが、確信のこもった口調だった。
 この青年の皮肉抜きの言葉にも、笑顔にも、まだ慣れていない。リアナは赤くなった顔を隠すようにうつむいた。濃紺の長衣(ルクヴァ)に星のように勲章をきらめかせたデイミオンは、直視できないほどにハンサムだった。


 〈王の間〉の入り口にさしかかると、お仕着せの従僕がふたり頭を下げて、扉をあけ放った。
 一瞬、屋外かと見まごうのは、天井がないからだ。領主たちのすべての古竜が王に拝謁できる広間は、すり鉢を伏せた形に高く空に向かって開かれている。高い岩場に、二十柱近い古竜が()して、対の目で見降ろしている。ひときわ大きい黒竜は、アーダルだ。
 そしてそれよりも高い位置に、白竜シーリアがいる。彼女と、そのあるじメドロート公の力によって、この戴冠式はまばゆいばかりの冬の晴天となっていた。
 気温は低いが、高所とは思えないほど風はおだやかで、松明だけでも肌寒さは感じない。

 青空を切り裂く高い柱に、五公十家の旌旗(せいき)がひるがえる。
 すべての家は、白竜の王を示す白で染め抜かれていた。青と白の、その鮮やかな光景に一陣の風が吹くと、撒かれた花びらがぶわりと舞いあがった。

 デイミオンはさっと会場内を見まわし、異常がないかを確認する。
 人影が割れると、二人は次々に下げられる頭のあいだを歩いて行った。豪奢(ごうしゃ)長衣(ルクヴァ)に身をただした領主たち、そのほかの貴族たち、あらゆる高位高官の者たちがすっと道を開けると、足もとには深紅の絨毯があらわれ、部屋の向こう端までのびていた。

 デイミオンは腕をゆるめ、リアナの隣から一歩下がって一礼した。リアナはちらっと彼を見あげ、それからすっと背筋を伸ばして玉座へと進んでいった。大きなループ模様の入った白いサテンのドレスに、金の縁取りをした装飾的な白いケープが彼女に続く。そして、肩のうえから腕に尻尾を(から)めるようにしている、真っ白な古竜がいる。
 壇の両側には、神官たちが白いローブを着て居並んでいる。
 リアナが玉座の前に立つと、列のなかから大神官が進み出た。

(結局、ファニーを大神官にはしてあげられなかった)
 けれど……
 大神官は、三日月の装飾のついた銀の杖を隣の神官に渡した。そして別の神官から羊皮紙の巻物を受け取ると、くるくると開いて、力強い声で読みはじめた。錫杖(しゃくじょう)をあずかる小柄な神官はファニーだ。彼に与えた副神官長という地位がどれくらい彼の助けになるかはわからないが、神殿内のパワーバランスが少しは変わることを、二人は期待している。
 ファニーにそっと目くばせをしてから、リアナは王冠を受けるためにひざまずいた。

「そして、見よ、今ここに竜祖(りゅうそ)末裔(すえ)なる子あり。竜の声を聴き、竜に乗り、竜に命ずるものなり。
 汝、ゼンデンのエリサの娘リアナは、この王冠を受け、王となり、竜の子らを守り導くことを誓うか?」
 
「わたし、ゼンデンのエリサの娘リアナは――」


 そのとき、いくつものことが、一度に起きた。
 後ろから男の叫びがしたと思った瞬間、リアナは背後から誰かにのしかかられたように感じた。驚いて悲鳴を上げ、振り返ると、銀髪の頭がゆっくりとかしいでいくのが見えた。なぜだか不思議と、すべてのものがスローモーションに感じられる。少年のようなあどけない顔だち、見開かれた目に浮かぶ恐怖。倒れこみながら自分の胸を手で押さえようとするが、そこには剣の切っ先が見えていた。右手には剣ではなく、なぜか小型のナイフを持っている。
 リアナが叫ぶのと、竜騎手のレランがもんどりうって床に倒れ込むのは、ほとんど同時だった。背後からその背中を蹴って、見知った男が自分の剣を抜いた。

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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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