7-2. Battle of Two Dragons
文字数 4,502文字
遠くかすかに、黒竜の咆哮が響いていた。
それは〈ハートレス〉でも聞こえるのではないかというほど、はっきりと音をともなっていたが、二人の男にとって、距離は大きな問題ではなかった。どちらも古竜を従える〈乗り手 〉であり、この距離なら、まだ、お互いの竜の力を手元に呼び出すことができる。
同じ黒竜のライダーでありながら、二人の男は正反対の印象があった。大柄で黒髪のデイミオンと、小柄で金髪の王と。
「シュノーが怯えている」不死者の王が言った。「あらたなアルファメイルがやってきたのだな。雄竜の喉を食いちぎり、すべての雌をわがものとする個体が」
「そうだ」デイミオンが答える。
「アーダルの攻撃に持ちこたえられる要塞などこの世のどこにもない。……抵抗をやめて敗北を受け入れ、オンブリア軍への協力を誓え。そうすれば、一般兵の寛大な処遇を約束する」
王はかすかに笑った。
金髪を尼削 ぎ(肩のあたりで切りそろえられた髪型)にしているのは、死人をあらわす竜族の古い習慣で、おそらく死後すぐに葬儀のために切られたのだと思われた。不死者の外見は年を取らないので、いまのデイミオンとさほどかわらないほどの年齢に見える。身長は彼より頭一つ分以上低く、小柄だ。もとは竜族であるとはいえ、デーグルモールの頭領がこれほど華奢な、美しいといってもいい男であるのは意外だった。
そして、だからこそ、この男を見くびってはいけないということがデイミオンにはわかった。
彼らは死者になりそこなった竜族たちの集まりだから、もとより血縁もなく、もちろん王家も貴族も持たない。そのなかで頭領となるには単純な力以上のものが必要だったはずだ。彼を指導者たらしめた特別な知性や、あるいは隠された能力が。
デイミオンは剣を構えて足を動かし、間合いを図りながら、じっと男を観察した。
♢♦♢
ダンダリオンのほうには、黒竜大公を観察している間はなかった。デイミオンが予備動作なく放った炎が、足元に着弾したからだ。剣を構えていたから剣で攻撃する、と思うほどライダーの戦いは単純ではない。すぐに自分の竜の力を使って消火するが、もちろん、そんなことは黒竜大公には予想がついている。炎の勢いが増し、ダンダリオンは消火に追われてデイミオンを攻撃する余裕がない。
かつ、かつ、かつ。
際立った長身に見合う軍靴の音を響かせて、デイミオンが近づいてくる。黒髪が熱波にゆらめき、長衣 がふわりとはためく。冷静な青い目が不死者の王を観察していた。歩きながら長い腕がのび、また、炎がイトスギのように立ちあがったかと思うと、別の場所ではラーレの花のように開いた。火勢が強まり、ゴーッという音があたりに満ちた。すさまじい熱を受けて、デーグルモール特有の〈生命の紋〉が全身を覆いつくし、王の姿は影絵のように真っ黒に見えるはずだ。このままでは、〈霜の火〉による冷却効果も追いつかなくなる、と彼は懸念した。
黒竜の支配権を奪えないか試してみたが――やはり、無駄なことだった。〈呼 ばい〉の触手をそろそろと伸ばすも、簡単に弾きとばされてしまう。悪あがきのようなものだった。たとえ支配権を奪えても、黒竜アーダルはおそろしいほどの力の持ち主で、それを制御するほどの力はダンダリオンにはない。おそらく、あまたいるオンブリアのライダーのなかでも、それができるのはデイミオンただ一人なのだろう。
では、どうすれば勝てる?
かろうじて攻撃に使えるだけの力で火球を放ってみたが、指のひと振りですべて消滅させられてしまう。
〈乗り手 〉同士の戦闘は千日手になる、とよく言われるが、デーグルモールを長く率いてきたダンダリオンには、そうでないことが身に染みていた。デイミオン・エクハリトスは無限の火種だ。半死者 一人焼きつくすのに、都市すべて消滅させることも可能な、生きて歩く戦争兵器、その兵器の名が〈黒竜大公〉なのだ。
「まだ窒息していないな」
デイミオンは、鳥の焼き加減でもはかるような目をして呟いた。「やはり、半死者 は呼吸をしないのか」
不死者の王は思案を続けている。自分が逃げるだけの時間を稼ぐのでは、不十分だ。同胞たちと息子を無事に逃がして、この男にも仲間にも追わせないようにしなければならない。
少なくとも、動きを止めなければならない。
ダンダリオンは自分の右手を顔の近くにあげ、手招きするような動きをした。燃え盛る炎の音と硫黄の匂いに気づいたデイミオンはとっさに右に避けて跳びすさった。数秒ののち、青年がいた場所には炎の矢が深々と突き刺さって音を立てていた。
ダンダリオンが背後から炎を操り、撃ったのだ。
デイミオンが再び炎を強めようと手を動かすと、王の前にはいつの間にか盾ができていた。白く、大きな繭のような物体が、炎にまかれて、キィィ、キィィと耳障りな音を立てた。
「盾か? ……いや」青年が呟く。「あれは、
王はその間を逃さなかった。
すばやく動き、左側からデイミオンの右脇腹めがけて、剣を両手で持って切りかかった。身長に合わせて、やや小ぶりの長剣だ。
デイミオンは、それをたやすく受けた。両方の刃がぶつかって、甲高い音がした。二の太刀を受けとめ、三の太刀が続き、それから一歩前進し、また打ちあい、もう一歩前進した。間合いを取ってにらみ合う。
「同胞を盾にしたのか」
青年に非難されても、ダンダリオンに痛痒を感じている余裕はない。必死に考え、挑発になる材料がないかを探す。「卿 は思い違いをしている」
そう、思い違いをしている。盾になどしていない。どの駒を、いつ使うかの計算があるだけだ。変成中だったあの同胞も、王である彼自身も、今はデイミオン・エクハリトスを殺すために盤に置かれた駒だった。
「最高の兵器も、扱うのは主人の器量だ。それに……卿 以外のライダーはじつに未熟なようだ。上空にいた若い白竜の気配は誰だ? 北部領 の後継者か?」
「時間稼ぎはやめろ」
デイミオンは後ろ足を踏んばって前に飛び出しざま、体重を乗せた剣を振り下ろした。王が左に避け、まわりこんだ彼を追ってデイミオンはさらに左から胴めがけてすさまじい速度で切りかかった。
ダンダリオンは二本の剣で防ぎ、かろうじて受けたが、デイミオンとの体重差で吹き飛ばされ、柱に激突した。衝撃音とともに、石のかけらがぱらぱらと落ちる。転がりおちながらくるりと回転して立ちあがったところを、すかさずデイミオンが切りつけてくる。とっさにしゃがみこんでそれをかわし、彼の剣が柱にめり込んでいる間に、体重を乗せて思いきり横腹を蹴った。だが、不意を突いたはずなのにデイミオンはよろめきもしなかった。やはり体格差がありすぎて、体重の軽いダンダリオンの不利はあきらかだった。
深々と突き刺さった剣を抜く膂力も、目を見張るものがある。
(見事な若者だな)と、一瞬、場にそぐわない感心をしてしまう。竜騎手の長にふさわしい堂々とした体格と、それに見合った膂力。自分が竜騎手として能力の最盛期にあった頃でも、デイミオン・エクハリトスを打ち負かすのは難しかっただろう。
まして、今の自分は老いて、身体も脆くなっている。外見からはそう見えないが、再生能力の低下は確実に王の身に迫ってきていた。
(長引けば、その分不利になる)
決意して、前方へ飛び出す。同時に、短剣を逆手に持ち替え、防御と同時に攻撃できるように構えた。
デイミオンは、低い位置からのすばやい攻撃を長剣で難なく受けると、接近したその間合いで強烈な頭突きをくらわせた。金色の頭はよろめいたものの、蹴りを入れようとしてきたので、脚をつかんで砲丸投げのように投げ飛ばした。王は再び柱に激突し、今度はうまく受け身が取れず、ずるりとすべり落ちる。
その隙を逃さず、青年は駆けよって両手で剣を振り下ろし、王の右肩に切りつけた。骨がつぶれるグシャッという鈍い音が響いた。青い目が衝撃と痛みに見開かれたが、次に悲鳴を上げたのはデイミオンのほうだった。脇腹に走った鈍痛は短剣によるものだ。デイミオンの手から長剣が落ち、王はそれを足で遠くへ蹴りやった。
「どうした? 半死者と一対一でやりあうのははじめてかね?」
はあはあと荒く息をつきながら、ダンダリオンが挑発した。
彼は血の混じったなにかを、ごぷっと吐きだした。致死のケガを負っても動けるのは半死者の数少ない特権だろう。予想外の攻撃に、デイミオンは片膝をつくことは避けたものの、脇腹をおさえてうめいた。
あと一手。
どうやったらこの若者を倒せる? せめて、ほんのいっとき足止めするだけでも――
なにか使える情報はないのかと、ダンダリオンは忙しく頭を働かせた。そしてふと、息子イオの言葉を思い出した。
『オンブリアの新しい王、あれは、デーグルモールだ』
デイミオンの長剣が届かない位置から、注意深く呼びかけた。「おまえたちの王は、
青年がはっと身を固くしたので、ダンダリオンにはそれが正しい餌であることがわかった。声を低め、タイミングを見計らって言う。
「おまえたちの王は、
デイミオンの目が大きく見開かれた。
一瞬、それは王の言葉に驚いたからのように見えた――だが、その手がわななき、足がたたらを踏み、そして腹から長剣の先が見えていた。
ダンダリオンには、それが副官ニエミの剣だということがわかっていた。
「ああ……一対一、は違ったかな」
苦し紛れの作戦が功を奏したことに心から安堵しながら、彼は黒竜大公の腹にもう一本の短剣を突き刺した。
王とニエミは青年の大柄な体を前後から挟むようにして刺し貫いた。ついにデイミオンが倒れると、その後ろからニエミが荒く息をついている姿が見えた。「ニエミ、助かった」
ダンダリオンほどでもないが、ニエミも小柄だ。体格に優れたライダーを、二人がかりでも倒したとなれば僥倖に違いない。はぁはぁと肩で息をしながら、地面に倒れた青年を見下ろす。これで十分だ。なんとか、かろうじて。
黒竜大公は、まもなく腹からの出血によって死ぬだろう。
「おまえは種族のなかのもっとも優れたる雄 かもしれないが、王とはなりえないな。私と同じように」
ダンダリオンは自嘲を込めた言葉を残して、よろめきながら出口へ向かった。
「頭領。さっきの言葉は――」通路を抜けていると、ニエミが聞いてきた。
「オンブリアの王が、あなたの娘だというのは」
「はったりだ。半死者 に生殖機能はない」
「ですが、かつて私たちは、ケイエで彼女に会ったのでは?」
デイミオンに言ったのは、油断を誘うための口から出まかせだった。だが、一片の真実がないでもない。
かつてダンダリオンは、エリサと逢瀬を持ったことがあるのだ。古くからの仲間であるニエミはそのことを知っていた。
「いくらあの女が常人ばなれしていたといっても、半死者 と子は生 せるまいよ」王は薄く笑った。「さあ行こう。息子たちと合流しなければ」
それは〈ハートレス〉でも聞こえるのではないかというほど、はっきりと音をともなっていたが、二人の男にとって、距離は大きな問題ではなかった。どちらも古竜を従える〈
同じ黒竜のライダーでありながら、二人の男は正反対の印象があった。大柄で黒髪のデイミオンと、小柄で金髪の王と。
「シュノーが怯えている」不死者の王が言った。「あらたなアルファメイルがやってきたのだな。雄竜の喉を食いちぎり、すべての雌をわがものとする個体が」
「そうだ」デイミオンが答える。
「アーダルの攻撃に持ちこたえられる要塞などこの世のどこにもない。……抵抗をやめて敗北を受け入れ、オンブリア軍への協力を誓え。そうすれば、一般兵の寛大な処遇を約束する」
王はかすかに笑った。
金髪を
そして、だからこそ、この男を見くびってはいけないということがデイミオンにはわかった。
彼らは死者になりそこなった竜族たちの集まりだから、もとより血縁もなく、もちろん王家も貴族も持たない。そのなかで頭領となるには単純な力以上のものが必要だったはずだ。彼を指導者たらしめた特別な知性や、あるいは隠された能力が。
デイミオンは剣を構えて足を動かし、間合いを図りながら、じっと男を観察した。
♢♦♢
ダンダリオンのほうには、黒竜大公を観察している間はなかった。デイミオンが予備動作なく放った炎が、足元に着弾したからだ。剣を構えていたから剣で攻撃する、と思うほどライダーの戦いは単純ではない。すぐに自分の竜の力を使って消火するが、もちろん、そんなことは黒竜大公には予想がついている。炎の勢いが増し、ダンダリオンは消火に追われてデイミオンを攻撃する余裕がない。
かつ、かつ、かつ。
際立った長身に見合う軍靴の音を響かせて、デイミオンが近づいてくる。黒髪が熱波にゆらめき、
黒竜の支配権を奪えないか試してみたが――やはり、無駄なことだった。〈
では、どうすれば勝てる?
かろうじて攻撃に使えるだけの力で火球を放ってみたが、指のひと振りですべて消滅させられてしまう。
〈
「まだ窒息していないな」
デイミオンは、鳥の焼き加減でもはかるような目をして呟いた。「やはり、
どうすれば勝てる?
不死者の王は思案を続けている。自分が逃げるだけの時間を稼ぐのでは、不十分だ。同胞たちと息子を無事に逃がして、この男にも仲間にも追わせないようにしなければならない。
少なくとも、動きを止めなければならない。
ダンダリオンは自分の右手を顔の近くにあげ、手招きするような動きをした。燃え盛る炎の音と硫黄の匂いに気づいたデイミオンはとっさに右に避けて跳びすさった。数秒ののち、青年がいた場所には炎の矢が深々と突き刺さって音を立てていた。
ダンダリオンが背後から炎を操り、撃ったのだ。
デイミオンが再び炎を強めようと手を動かすと、王の前にはいつの間にか盾ができていた。白く、大きな繭のような物体が、炎にまかれて、キィィ、キィィと耳障りな音を立てた。
「盾か? ……いや」青年が呟く。「あれは、
デーグルモール
」王はその間を逃さなかった。
すばやく動き、左側からデイミオンの右脇腹めがけて、剣を両手で持って切りかかった。身長に合わせて、やや小ぶりの長剣だ。
デイミオンは、それをたやすく受けた。両方の刃がぶつかって、甲高い音がした。二の太刀を受けとめ、三の太刀が続き、それから一歩前進し、また打ちあい、もう一歩前進した。間合いを取ってにらみ合う。
「同胞を盾にしたのか」
青年に非難されても、ダンダリオンに痛痒を感じている余裕はない。必死に考え、挑発になる材料がないかを探す。「
そう、思い違いをしている。盾になどしていない。どの駒を、いつ使うかの計算があるだけだ。変成中だったあの同胞も、王である彼自身も、今はデイミオン・エクハリトスを殺すために盤に置かれた駒だった。
「最高の兵器も、扱うのは主人の器量だ。それに……
「時間稼ぎはやめろ」
デイミオンは後ろ足を踏んばって前に飛び出しざま、体重を乗せた剣を振り下ろした。王が左に避け、まわりこんだ彼を追ってデイミオンはさらに左から胴めがけてすさまじい速度で切りかかった。
ダンダリオンは二本の剣で防ぎ、かろうじて受けたが、デイミオンとの体重差で吹き飛ばされ、柱に激突した。衝撃音とともに、石のかけらがぱらぱらと落ちる。転がりおちながらくるりと回転して立ちあがったところを、すかさずデイミオンが切りつけてくる。とっさにしゃがみこんでそれをかわし、彼の剣が柱にめり込んでいる間に、体重を乗せて思いきり横腹を蹴った。だが、不意を突いたはずなのにデイミオンはよろめきもしなかった。やはり体格差がありすぎて、体重の軽いダンダリオンの不利はあきらかだった。
深々と突き刺さった剣を抜く膂力も、目を見張るものがある。
(見事な若者だな)と、一瞬、場にそぐわない感心をしてしまう。竜騎手の長にふさわしい堂々とした体格と、それに見合った膂力。自分が竜騎手として能力の最盛期にあった頃でも、デイミオン・エクハリトスを打ち負かすのは難しかっただろう。
まして、今の自分は老いて、身体も脆くなっている。外見からはそう見えないが、再生能力の低下は確実に王の身に迫ってきていた。
(長引けば、その分不利になる)
決意して、前方へ飛び出す。同時に、短剣を逆手に持ち替え、防御と同時に攻撃できるように構えた。
デイミオンは、低い位置からのすばやい攻撃を長剣で難なく受けると、接近したその間合いで強烈な頭突きをくらわせた。金色の頭はよろめいたものの、蹴りを入れようとしてきたので、脚をつかんで砲丸投げのように投げ飛ばした。王は再び柱に激突し、今度はうまく受け身が取れず、ずるりとすべり落ちる。
その隙を逃さず、青年は駆けよって両手で剣を振り下ろし、王の右肩に切りつけた。骨がつぶれるグシャッという鈍い音が響いた。青い目が衝撃と痛みに見開かれたが、次に悲鳴を上げたのはデイミオンのほうだった。脇腹に走った鈍痛は短剣によるものだ。デイミオンの手から長剣が落ち、王はそれを足で遠くへ蹴りやった。
「どうした? 半死者と一対一でやりあうのははじめてかね?」
はあはあと荒く息をつきながら、ダンダリオンが挑発した。
彼は血の混じったなにかを、ごぷっと吐きだした。致死のケガを負っても動けるのは半死者の数少ない特権だろう。予想外の攻撃に、デイミオンは片膝をつくことは避けたものの、脇腹をおさえてうめいた。
あと一手。
どうやったらこの若者を倒せる? せめて、ほんのいっとき足止めするだけでも――
なにか使える情報はないのかと、ダンダリオンは忙しく頭を働かせた。そしてふと、息子イオの言葉を思い出した。
『オンブリアの新しい王、あれは、デーグルモールだ』
デイミオンの長剣が届かない位置から、注意深く呼びかけた。「おまえたちの王は、
デーグルモール
なのか?」青年がはっと身を固くしたので、ダンダリオンにはそれが正しい餌であることがわかった。声を低め、タイミングを見計らって言う。
「おまえたちの王は、
私の娘
だ」デイミオンの目が大きく見開かれた。
一瞬、それは王の言葉に驚いたからのように見えた――だが、その手がわななき、足がたたらを踏み、そして腹から長剣の先が見えていた。
ダンダリオンには、それが副官ニエミの剣だということがわかっていた。
「ああ……一対一、は違ったかな」
苦し紛れの作戦が功を奏したことに心から安堵しながら、彼は黒竜大公の腹にもう一本の短剣を突き刺した。
王とニエミは青年の大柄な体を前後から挟むようにして刺し貫いた。ついにデイミオンが倒れると、その後ろからニエミが荒く息をついている姿が見えた。「ニエミ、助かった」
ダンダリオンほどでもないが、ニエミも小柄だ。体格に優れたライダーを、二人がかりでも倒したとなれば僥倖に違いない。はぁはぁと肩で息をしながら、地面に倒れた青年を見下ろす。これで十分だ。なんとか、かろうじて。
黒竜大公は、まもなく腹からの出血によって死ぬだろう。
「おまえは種族のなかの
ダンダリオンは自嘲を込めた言葉を残して、よろめきながら出口へ向かった。
「頭領。さっきの言葉は――」通路を抜けていると、ニエミが聞いてきた。
「オンブリアの王が、あなたの娘だというのは」
「はったりだ。
「ですが、かつて私たちは、ケイエで彼女に会ったのでは?」
デイミオンに言ったのは、油断を誘うための口から出まかせだった。だが、一片の真実がないでもない。
かつてダンダリオンは、エリサと逢瀬を持ったことがあるのだ。古くからの仲間であるニエミはそのことを知っていた。
「いくらあの女が常人ばなれしていたといっても、