第25話 エブリデイ・アット・ザ・バスストップ【1】

文字数 1,681文字

 東京でバンド活動をしていた頃の僕は、警備員のバイトで、都内各地を回っていた。
 警備事務所が世田谷区にあったので、ほぼ毎日、世田谷区のいたる場所に、交通警備員として僕は顔を見せることになった。
 警備員のときのエピソードはふんだんにあるので、連載が終わらなければちょくちょくエピソードを出せたらいいな、と思うが、やっぱり良い感じのエピソードを最初に持ってくるべきだろう、と考えて、今回は、交通機関の話をしようと思う。







 日焼けした先輩警備員のおっちゃんが、僕がバイトを始めて間もなくの頃、煙草を吹かしながら、僕に質問した。
「なぁ、るるせ。警備員といや、高級車に乗ったチンピラに殴られる話を聞くだろう? だがよ、チンピラはうちにいる憲法の達人がどうにかしてくれるから安心していい。さて、そこで問題だ。高級車、タクシー、バス、どれが一番危ないと思う?」
 はじめて聞くタイプの質問だ。
 僕は、わかりません、と答えた。
「だろうな。勘で良い。言ってみろ」
「タクシーですか? 偉そうな態度の運転手が多いから」
「ハズレだ。答えから言うと、バスが危ない。次いで危ないのが、タクシーだな」
「バスが……危ない?」
「タクシーはひとを乗せて運転する性格上、バックにヤクザがついているが、バスのバックには〈国〉がついているからだ。だから、バスはヤバい。……〈国〉には気をつけろ。やろうとすればなんでも出来る。国家権力じゃぁ、相手が悪すぎる」
「…………」


 いろんな作品で僕は何度も説明しているが、ここでも、繰り返す必要がある。
 書くのもうんざりなので「そこらへんは社会科の教科書でも読んでくれ」と言いたくなるのだが、それじゃ作品としてフェアじゃないので、ここでも繰り返すことにする。
 国家は暴力装置である。
 だがそれは、必要性があって、そうなった。
 ひとの〈復讐原理〉を超克するために、近代国家は暴力を国家という装置に一任させることにした。
 それが近代国家である。
 言い換えれば、それこそが法治国家だ。
 仇討ちなんてそこら中で起こっていたら、国の運営なんて出来ない。
 そこで、法によって、裁く必要性があるのだ。
 国が刑を科すことで、個人間のいざこざを国が代行する。
 ただし、国は暴力装置なので、危なすぎる。
 そこで、国家は憲法によってガチガチに縛り付ける必要がある。
 西洋史の教科書に、ホッブズ『リヴァイアサン』の挿絵が掲載されているのを、見たことがあるひとは多いだろう。
 聖書に出てくる、ヘブライ語で〈リヴィアタン〉と呼ばれる怪物がいる。
 具体的には旧約聖書の『ヨブ記』『詩編』『イザヤ書』などに出てくる怪物がリヴィアタンで、海中に住む巨大な怪物だ、とされる。
 このリヴィアタンの英語での表記が、〈リヴァイアサン〉である。
 で、こいつが〈国家〉だ、というのである。
 とてもヤバい。
 こいつは〈法〉で縛り付けても縛り付けても、足りないほどにヤバく、ガッチガチに鎖で縛り付けている、そんな挿絵が、教科書に掲載されている『リヴァイアサン』の絵だ。
 と、いうことで、実は法が縛り付けているのは、人間ではなく、国家を、なのである。
 刑法は、国家という暴力装置が〈行きすぎたことをしないように刑事権力を縛る〉。
 それにより、妥当な刑事罰が下る、という仕組みである。
 まあ、ひとによっては、
「建前上はそうだよね」
 と、言うかもしれないが。
 だが、そういうことになっていて、そうなるようにしなければ、近代国家としては失格である。
 法システムを語る前に、政治システム上で、すでに「それはどうなの?」って思うこともあると思うので、そこはみんなで常に考えていかねばならないが。


 話が長くなったが、国家がバックについている、というのは、強力である。
 なので、公共交通機関は、そのシステム上、強大な力を持っている。
 そりゃぁ、バスはヤバいのである。


 ただ、僕がそれを理解するのは、警備員として働いた翌年、南大沢で社会学の講義を聴講して学んでからであり、そのときは、理解をしていなかった僕なのであった。





〈次回へつづく〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

成瀬川るるせ:語り手

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み