第102話 僕の心を取り戻すために【1】

文字数 1,034文字

 僕は上京した。
 テレビなんて持ってこなかった。
 僕は〈現場〉、つまりは〈東京のシーン〉が知りたくて、テレビの情報がちょっと邪魔だった。
 部屋に着いて僕はひとりで「ヒャッハー」と叫んで盛り上がっていた。
 カケが来るのは一ヶ月後、とのことだった。
 時期は九月上旬。
 まだまだあたたかい季節だった。

 上京から数日後。
 三日経ったか経ってないか、くらいの頃だ。
 即座にテレビがないことを後悔する出来事が起こった。
 同時多発テロである。
 渋谷駅前のスクリーンに、テロのニュースが流れて、携帯電話からも情報がまわってきた。

 僕はレイジアゲインストマシーンのTシャツを買って着ていたが、米国ではラジオでレイジアゲインストマシーンの楽曲が放送できないことに決まってしまい、レイジアゲインストマシーンのTシャツを着ると大変な目に遭う、という事態が生じているのを知る。

 渋谷駅前に行くと、登っちゃダメなところの上で大きいプラカードを持ち、そこには、
「おれは宇宙人を見た!」
 と、書いてあり、近づく者に冊子を配っている方がいた。
 キャッチセールスも多く、カオティックな雰囲気を醸し出していたのが、その頃の渋谷だった。
 まだこの頃は、エウリアンと呼ばれる、リトグラフを高額で売る商売人も、道玄坂にいた。
 僕が高校生の頃からずっと工事中だった建物も完成して、渋谷の入り口にはTSUTAYAの大きなビルが建ち、地下街にも通じるようになった。

 僕の住む部屋は杉並区上高井戸だった。
 ドンキホーテが環状八号線にあって、浜田山方面に行けばオリンピックというホームセンターがある。
 高井戸温泉の横にはオオゼキというスーパーマーケット。
 世田谷に入るとサミットというスーパーが点在した。

 僕は近くを確認したのち、毎日のように下北沢や渋谷に、定期券を使って井の頭線で向かった。
 そして、バイトで吉祥寺のイタ飯屋に通うことになるのだが。
 しかし、それらは追い追い語っていこう。

 僕はジーンズ地のロングスカートで出歩くこともした。
 なんてったって東京。
 田舎から出てきた直後のイモい感じのまま、僕は進む。
 結果から言うと僕が洗練されることはなかったが、今までとは違う世界が広がっていた。
 その頃の僕は、やればなんでも出来るような気がした。

 蛮勇、と言われるかも知れない。
 だが、知恵も地図も持たずに、僕はその三年間を駆け抜けた。
 この上京体験が、僕の方向性を決めたのだ。

 さぁ、冒険の始まりだ!




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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