第113話 光について【1】

文字数 1,191文字

 いつの間にか僕は、仮歌のお姉さんと共同生活を送っていた。
 カケは、お金がたまったのを機に、違うところにアパートを借りて住んだ。
 とはいえ、僕の部屋の近くに、である。

 で、この女の子。
 この娘は富士見ヶ丘に住んでいて、ある日、
「家財道具を運ぶのを手伝って! 引っ越し先はすぐ近くだから!」
 と、言うので了解したら、その引っ越し先とは上高井戸の僕の部屋のことで、押しかけるように、この子は僕の部屋に居候することになった。
 家財道具を運ぶとき、嫌な予感はしたが、まさか僕の部屋に住むとは思ってもいなかった。
 この子はブラック・ミュージックを好み、洋楽をたくさん僕に教えてくれた。
 ベースを担当していたカケと作詞作曲ギターを担当していた僕の二人は、ヤマハのQY100で打ち込みドラムのユニットを結成していた。
 だが、そこに、何故かボーカリストのこの子が、
「わたしがドラムやる!」
 と、僕らの前で挙手した。
「大学時代、ガンズアンドローゼスのコピーバンドでドラムをやっていたのよ!」
 と、その子は言う。
 驚いた。
 アコギとボーカルの、うらぶれた感じのコンセプトの男女ユニットを組んでいたその子は、ユニットは趣味で、仕事としては歌手が歌う前のデモテープにボーカルを入れる〈仮歌のお姉さん〉をやっていて。
 それに自分がボーカルで、インディーズ映画の主題歌を歌ったりもしていた。
 セミプロというかプロである。

 面白いことに、その頃はSNSなんてなかったけど、都内には無数の、〈創作女子コミュニティ〉が存在しており、そのうちのひとつに入っていた子だった。

 居候のその子は、レースクイーンのプロモーション……というかフェチビデオみたいな奴の歌物楽曲ではリードボーカルの仕事を数々こなしており、将来有望なボーカリスト様だったのだが、いつの間にか僕の家の居候になったかと思えば、ドラマーに転身した、という驚きの展開で、周囲は絶句していたようだった。

 僕は渋谷の某喫煙所で、作曲家のまーくんからの歌入れの仕事を、その子のために持ち込んだ。
 まーくんは、なんでも歌えるこの娘のこなす歌の仕事を気に入っているようだった。

 僕は楽器が下手なので、ギターのリズムは、その子のサポートで、修練した。
 また、キーボードも、基礎を習った。
 ブラック系ミュージックの紹介も、いろいろされて、覚えていった。
 この居候、お嬢様学校からのドロップアウト組である。
 優秀ではあるが、なかなかに凶暴だった。

 そんなこんなで、僕もレギュラーのバイトを入れよう、という運びになった。
 僕は、バイト探しに、家の近くを散策する。
 カケは、僕が見つけたドーナツ屋のバイトを気に入り、仲間を増やしていった。
 僕は、みんなから後れを取って、バイト探しだ。

 果たして、僕に合うバイトはあるのだろうか。
 不安で仕方がなかったのであった。



〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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