第123話 常陸牛乳【3】

文字数 1,495文字

 七月上旬。
 渋谷某所でライブイベントが行われ、僕らのバンドも出演することになった。
 控え室で僕が一人でぼえーっとしていると、おかっぱ頭の女の子が僕の控え室に現れた。
 おかっぱの子が僕に話しかけてくる。
「るるせー。あなたは、るるせだよね? 話はいろんなひとからよく聞いて知ってるよー」
 可愛い女の子の前でぼえーっとしているのもわるいかな、と思い、僕は椅子にきちんと座り直した。
「そう。僕が成瀬川るるせ。よろしくね。君の名前は?」
「ミシナだよ、るるせ。今日、わたしたちのバンドもライブに出演するんだー。るるせにはぜひわたしたちのステージ、観て欲しいんだー」
「ふぅん。いいよ、観るよ」
「ありがとう、るるせ!」
「じゃあ、ミシナも僕のバンドのステージを観てよ」
「もちろん、観るよ。今日は脱がないの?」
「脱ぐ?」
「ほら、前に比嘉くんと前田くんたちと一緒にステージに上がっていたとき、ラストに服とズボンを脱いでトランクスになったじゃん」
「ああ、そういや、そんなことしたなぁ」
 そう、僕、成瀬川るるせは、楽器の出来る友人たちと、ミニライブを行った時があるのだ。
 そのとき、脱いで裸になったのだった。
「そのライブも、観てくれたんだ、ミシナは」
「もちろんだよ!」
「ミシナのバンド編成は?」
「四人だよ。普通は四人か五人だよ。るるせはスリーピースでバンドやるなんて、凄いなぁ」
「あはは。ありがとう」
「じゃ、またね、るるせ!」
「おう!」
 そして、ミシナという少女は控え室を出て行く。
「ミシナ……か。覚えておこう」
 ミシナと入れ替わるように入ってくる、うちのバンドのベースとドラム。
 ドラムが言う。
「二曲くらいしか出来ないわよね、時間的に。ていうか、『閉塞された宇宙』、10分ある曲だから、普通に考えたら持ち時間では一曲だけになっちゃうよ」
「いや、ここは僕の知り合いたちが開いているし、融通が利く。10分の曲とプラス一曲で演ろう」
「怒られても知らないよー?」
「そのときはそのときで。どうにかなるさ」
「まあ、るるせちゃんがそう言うなら、わたしらは演奏するだけよ」
「じゃ、ちょっとライブイベント、ほかのバンドを偵察してくるぜ」
 そう言って、僕はミシナのステージを観るため、撮影ブースに向かう。
 重いドアを開けて入ると、その日解散するというギャルバン(女性のみのバンド)の、丑三つ時がライブをやっているところだった。
 僕は浴衣姿でステージに上がっている丑三つ時のライブを、まずは観ることにした。







 丑三つ時のベーシストが、うちのドラムにCDを貸していた。
 そのCDは、和田アキ子がデビュー当時、ジェイムス・ブラウンのカヴァーソングを歌っていた頃のものだった。
 サブカルチャーの香りがするチョイスである。
 丑三つ時というバンドは、アマチュアだが、バンド雑誌に音原付きでバンド紹介が掲載されたり、某有名バンドの作曲家が気に入ってくれてその弟子筋になっていたりと、「プロになれるのでは」と囁かれていた。
 だが、音楽性の違いなどは、どのバンドでも問題になるものだ。
 この日のライブをもって解散、ということになっていた。
 丑三つ時のドラマーの女の子はめちゃくちゃ可愛くて有名だった。
 いつもむすーっと仏頂面をしているが、シンキさんがからかったときだけは笑みを見せるのが面白かった。
 とにかく逸話が多かった丑三つ時のラストステージを観た僕は、ミシナという少女のステージも観た。
 カケが観客席の僕を探し当て、呼びに来たので楽屋に入る。
 僕らも負けてはいられない。

 新生した僕らのバンド、みんなにその生き様を見せてやるぜ!




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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