第45話 世界の果てのフラクタル【2】
文字数 1,450文字
高校三年の一学期。
視聴覚室で行われた委員会初めての会合で。
ぷにっとした頬を赤く染めているその彼女のところまで近づき、僕は挨拶をした。
「やぁ。僕は成瀬川るるせ。ここ、視聴覚委員会の委員長だよ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします?」
何故か語尾が上がり疑問形で答える彼女はオタク風な言葉で言うなら〈ロリぷに〉とでも呼ばれそうなアイドル体型。
白い肌がとても綺麗だ。
ある日見かけた、橋の向こう岸にいた女の子と同一人物のように僕には思われた。
運命だったのかもしれない。
この娘と出会うことが。
「昼休みに音楽放送やっているから、放送室に遊びにおいでよ」
「え? え? あ、はい」
その仕草が可愛くて。
のーみそ全てが吹っ飛んだように感じた。
頭が真っ白になったのだ。
僕は頭が真っ白のままで教壇に戻り、どうにかこうにか委員会の会合を続行する。
会合の時間に終わりのチャイムが鳴ったあと、僕はその娘のもとへ向かって小走りをして。
「演劇部の新歓公演もここ、視聴覚室でやるから、観においでよ」
と、言った。
その娘は、首をかしげる仕草をして、僕に微笑んだ。
僕はその笑顔に、とても満足した。
☆
演劇部での僕らは、毎日夜遅くまで部室に残って、部活動をしていた。
良い脚本を見つけては、部員のみんなで〈読み合わせ〉をするのが日課だった。
エチュード、いわゆる即興劇。
そして割り当てられた登場人物の役で脚本を朗読劇のように演じる〈読み合わせ〉。
この二つをメインに据えたカリキュラムで、部活動をした。
僕らのお気に入りは、つかこうへい『熱海殺人事件』である。
いくつもバージョンがある脚本で、バージョン違いの脚本が、部室にはたくさん眠っていて、演じるのが僕にはとても快楽だった。
オリンピック村でオリンピックベビーが生まれる奔放な性行為のなかで、主人公が同性愛者であったバージョンなどは部員たちには垂涎物だった。
また、主人公の刑事、木村伝兵衛が、婦人警官ハナ子に対して「上の連中と寝てこい!」と命令して、枕営業で捜査時間を稼ぐいつものパターンは、高校生の僕には刺激的だった。
僕と同じく感じたひともいたのか、熱海殺人事件の別バージョンのひとつである『売春捜査官』という劇では、つかこうへいは主人公・木村伝兵衛を名前はそのままで女性の捜査官である、と改変したというのもまた、刺激的なエピソードだった。
高校演劇と言えば、演劇集団キャラメルボックスが絶大なる人気を誇っている、というのも見逃せない。
キャラメルボックスもずいぶん、読み合わせをしたが、審査員として主宰の成井豊が茨城の県大会の審査員になるとは思ってもいなかったし、その後、新宿コマ劇場で働いていたとき、同じビルでキャラメルボックスが定期公演を行っていて、観劇に赴くことになるとは思ってもいなかった。
キャラメルボックスの話は、別の項に譲ろう。
そして僕ら最大のお気に入りは、中島らも主宰の、笑殺軍団リリパットアーミーであった。
何回も、僕らはリリパットアーミーの劇を読み合わせして演じた。
さすが笑殺軍団だけあって、笑いが止まらなかった。
僕らには、タイムリミットがあった。
他の部活動と同じだ。
僕らは、休憩時間にも寸劇まがいの言動を繰り返しながら、文学論も語りつつ、残り短い青い春を部活に捧げた。
僕は、演劇にのめり込んでいったのである。
勉強する余地なんて、これっぽっちもなかった。
僕の演劇熱は、高校三年生でさらに加速する。
〈次回へつづく〉
視聴覚室で行われた委員会初めての会合で。
ぷにっとした頬を赤く染めているその彼女のところまで近づき、僕は挨拶をした。
「やぁ。僕は成瀬川るるせ。ここ、視聴覚委員会の委員長だよ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします?」
何故か語尾が上がり疑問形で答える彼女はオタク風な言葉で言うなら〈ロリぷに〉とでも呼ばれそうなアイドル体型。
白い肌がとても綺麗だ。
ある日見かけた、橋の向こう岸にいた女の子と同一人物のように僕には思われた。
運命だったのかもしれない。
この娘と出会うことが。
「昼休みに音楽放送やっているから、放送室に遊びにおいでよ」
「え? え? あ、はい」
その仕草が可愛くて。
のーみそ全てが吹っ飛んだように感じた。
頭が真っ白になったのだ。
僕は頭が真っ白のままで教壇に戻り、どうにかこうにか委員会の会合を続行する。
会合の時間に終わりのチャイムが鳴ったあと、僕はその娘のもとへ向かって小走りをして。
「演劇部の新歓公演もここ、視聴覚室でやるから、観においでよ」
と、言った。
その娘は、首をかしげる仕草をして、僕に微笑んだ。
僕はその笑顔に、とても満足した。
☆
演劇部での僕らは、毎日夜遅くまで部室に残って、部活動をしていた。
良い脚本を見つけては、部員のみんなで〈読み合わせ〉をするのが日課だった。
エチュード、いわゆる即興劇。
そして割り当てられた登場人物の役で脚本を朗読劇のように演じる〈読み合わせ〉。
この二つをメインに据えたカリキュラムで、部活動をした。
僕らのお気に入りは、つかこうへい『熱海殺人事件』である。
いくつもバージョンがある脚本で、バージョン違いの脚本が、部室にはたくさん眠っていて、演じるのが僕にはとても快楽だった。
オリンピック村でオリンピックベビーが生まれる奔放な性行為のなかで、主人公が同性愛者であったバージョンなどは部員たちには垂涎物だった。
また、主人公の刑事、木村伝兵衛が、婦人警官ハナ子に対して「上の連中と寝てこい!」と命令して、枕営業で捜査時間を稼ぐいつものパターンは、高校生の僕には刺激的だった。
僕と同じく感じたひともいたのか、熱海殺人事件の別バージョンのひとつである『売春捜査官』という劇では、つかこうへいは主人公・木村伝兵衛を名前はそのままで女性の捜査官である、と改変したというのもまた、刺激的なエピソードだった。
高校演劇と言えば、演劇集団キャラメルボックスが絶大なる人気を誇っている、というのも見逃せない。
キャラメルボックスもずいぶん、読み合わせをしたが、審査員として主宰の成井豊が茨城の県大会の審査員になるとは思ってもいなかったし、その後、新宿コマ劇場で働いていたとき、同じビルでキャラメルボックスが定期公演を行っていて、観劇に赴くことになるとは思ってもいなかった。
キャラメルボックスの話は、別の項に譲ろう。
そして僕ら最大のお気に入りは、中島らも主宰の、笑殺軍団リリパットアーミーであった。
何回も、僕らはリリパットアーミーの劇を読み合わせして演じた。
さすが笑殺軍団だけあって、笑いが止まらなかった。
僕らには、タイムリミットがあった。
他の部活動と同じだ。
僕らは、休憩時間にも寸劇まがいの言動を繰り返しながら、文学論も語りつつ、残り短い青い春を部活に捧げた。
僕は、演劇にのめり込んでいったのである。
勉強する余地なんて、これっぽっちもなかった。
僕の演劇熱は、高校三年生でさらに加速する。
〈次回へつづく〉