第29話 エブリデイ・アット・ザ・バスストップ【5】

文字数 1,758文字

 演劇部に入った高校二年の僕は、演劇部顧問のセヤ先生にスカウトされて、入部した。
 国語教師だったセヤ先生に授業で会うことはあっても、部活にはほとんど顔を見せないひとだった。
 どうやら、先生の奥さんが大きな病気に罹ってしまい、部活は後回し、ということになったらしい。
 僕らの部活動は、だから自主トレーニングに近かった。

 副顧問はどうかというと、その女性教師に至っては、顔を見たことすら、僕はなかった。
 だが、僕は名前だけ、その副顧問教師を一年生のときから知っていた。







 僕は漫画のコミックスを買う金がなかった。
 また、テレビゲームもほとんどやめていた。
 高校に入って知り合いには商業作家の打海文三氏がいて、彼の話には、当たり前だが小説の話がよく話題になる。
 また、課外授業では小説や詩や評論について、生徒が僕一人だけということもあり、たくさん、課外授業の先生にいろいろ教えてもらったのは、前に語った通り。
 話題に上ることもあって僕は小説、特に文学について、知る必要があった。
 だから、ガッコウの図書室に通うことになった。
 正確には、僕のガッコウは図書室ではなく、図書館があったのだ。
 校舎の外に、二階が図書館で、一階に保健室と茶道部部室が入っているだけの建物があったのである。
 茶道部の女の子とはあとで、その子の部屋までお邪魔したり、指がその子を奏でることになったりするが、それは二年生の冬あたりの話だ。
 一方の保健室には、美人だと評判の女性の保険医がいた。
 こんな美人なひとと会話することもないだろうな、と思っていたけども。
 でも、高校三年生のとき。
 会話どころではなく、めちゃくちゃその保険医の先生にはお世話になることになる。
 そして、一階が茶道部と保健室の建物のその二階は、丸々全てのスペースを使った図書館がある、というわけである。


 僕は詩を中心に、ガッコウの〈図書館〉で本を借りて読み、良かったら自分でも本屋で買えたら買う、ということをしていた。
 ネット通販がない時代だったので、買うのは難しかった。
 良い詩があると、ノートに書き写したりした。
 高校一年、二年生の頃と言えば柳美里さんがデビューして、岸田国士賞を取って、話題になっていた頃でもある。
 僕は文壇の話題をさらった柳美里『ゴールドラッシュ』が二番目に好きで、『水辺のゆりかご』という作品の次に好きだ。
『家族シネマ』前後の作品の作風に、伝統的な私小説の方法論を見ていて、それは今お読みいただいているこの僕の小説にも影響を与えている。
 柳美里さんと言えば、『命』で日和見になったのではないか、とうちの演劇部メンバーだったひとたちは高校卒業後に会うとみんな言っていたけど、僕は『命』と同じ頃、雑誌に連載されていた『男』を、連載で追っていたので日和ってないで尖っていたのは一人だけ知っていたし、その『命』にしても、打海文三氏のところに遊びに行って喋っていたとき、
「『命』なぁ。あの作品こそ自分の親への憎しみがストレートに出ている作品だぜ」
 と、評していたのを知っていたから、僕の中では、柳美里さんはずっと「尖った作家」だという認識だ。
 僕の住んでいる隣の県で本屋を開いてラジオのパーソナリティをやっている、というのも、良いな、尖っているな、と思っている。


 話が長くなったが、僕が本を借りて読むと、新人作家の書いた本の図書カードにはまっさらのカードに一人だけ名前が記入してあって、その次に僕の名前が書かれることになった。
 いつも、である。
 いつも、僕より借りるのが早い。
 そのひとは、柳美里さんなど、当時文壇的に話題になっていた新人作家の本をよく借りて読んでいるひとだったから、チョイスからすると、文学マニア性を持ったひとのように思っていた。

 お目にかかりたいな、と思っていた、ずっと。
 そして、二年生のときに僕は知ることになる。
 僕より先に本を借りるそのひとが、演劇部副顧問だった、ということに。
 生徒じゃなかったのかい! とツッコミをしつつ。
 一年半くらい、謎に包まれていた文学好きの誰かの正体が自分の入った部活の副顧問だったなんて、驚き以上のものを感じたものだ。
 知ったときは、ドキドキした。
 今回は、そんな胸キュンエピソードなのだった。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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