第15話 ガダラの悪霊【2】
文字数 1,160文字
「入部することになったのだけれども、一体なにをすれば良いのだい?」
「さっそくですが、合宿に参加してもらいます」
「はい?」
同学年ではあるが初対面であるひとに、いきなり合宿に参加しろ、と言われた僕は、県北地区の演劇部員たちが集まる合宿に参加することになってしまった。
部室にすら顔を出したことなかったのに、演劇部のひとのいるクラスに行って訊いてみたらこれである。
どんな練習などをするのかさえ知らなかったのに、かなり強制的に、であった。
めちゃくちゃだ。
だが、僕もやけくそ気味に、参加することに決めた。
高校二年生の一学期、七月のことであった。
☆
中学生の頃のこと。
チャラい同級生の男子が、製図用コンパスを授業で使うのに忘れたらしく、誰かに借りようと、休み時間にうろちょろしていた。
そいつが、僕のクラスにもやってきた。
いろんな奴に、借りたいと頼み込んでいるが、誰も貸さない。
当たり前なのである。
なぜならば、そのチャラい奴がコンパスを使うのは数時間後の授業なのだが、僕のいるクラスでは、次の授業が数学で、コンパスを使うからである。
断られているなか、僕のところにも、そいつがやってきた。
「コンパスを貸してくれよぉ」
特に親しいわけでもないのに、というかむしろそいつは僕を嫌ってバカにしているのに、調子に乗っておどけながらそう言うので僕は、
「嫌だ。お前には貸さない」
と、きっぱりと言った。
ちなみに言うと、僕はコンパスを持っていなかった。
そう、僕も忘れたのであった。
だが、どうでも良かった。
貸さない、と断った。
断ったというか、持ってないものは貸せないのだが、お前には貸さない、と言ったのであった。
断った直後、そのチャラい奴は目が血走り、歯を食いしばり、僕に馬乗りになって、殴り始めた。
右、左、また右と、僕の頬を殴る。
殴り続ける。
僕はしらけた顔で、そいつに侮蔑の目を向け、無言で見ていた。
抵抗はしない。
僕は殴られつづけた。
チャイムが鳴る。
チャラいそいつは、
「てめぇの声がムカつくんだよ!」
と、吐き捨てて、教室を去っていった。
僕は自分の机に、座り直した。
何事もなかったかのように、授業が始まる。
誰かは僕が殴られたことを教師に言うだろうと思ったら、誰も教師に言わなかった。
僕が殴られた事実は、闇に葬り去られた。
そして、高校二年の演劇部の合宿。
そのチャラい奴がいた。
女の子たちにキャーキャー言われて、スターになっていた。
地元の演劇部の、スターになっていたのであった。
あげく、そいつと合宿の寝泊まりする部屋が一緒になってしまった。
部屋にいるのは、みんなスター様のご機嫌取りの連中だった。
「わけわからん……」
僕は呟いた。
こうして、夏合宿が始まったのであった。
〈次回へつづく〉
「さっそくですが、合宿に参加してもらいます」
「はい?」
同学年ではあるが初対面であるひとに、いきなり合宿に参加しろ、と言われた僕は、県北地区の演劇部員たちが集まる合宿に参加することになってしまった。
部室にすら顔を出したことなかったのに、演劇部のひとのいるクラスに行って訊いてみたらこれである。
どんな練習などをするのかさえ知らなかったのに、かなり強制的に、であった。
めちゃくちゃだ。
だが、僕もやけくそ気味に、参加することに決めた。
高校二年生の一学期、七月のことであった。
☆
中学生の頃のこと。
チャラい同級生の男子が、製図用コンパスを授業で使うのに忘れたらしく、誰かに借りようと、休み時間にうろちょろしていた。
そいつが、僕のクラスにもやってきた。
いろんな奴に、借りたいと頼み込んでいるが、誰も貸さない。
当たり前なのである。
なぜならば、そのチャラい奴がコンパスを使うのは数時間後の授業なのだが、僕のいるクラスでは、次の授業が数学で、コンパスを使うからである。
断られているなか、僕のところにも、そいつがやってきた。
「コンパスを貸してくれよぉ」
特に親しいわけでもないのに、というかむしろそいつは僕を嫌ってバカにしているのに、調子に乗っておどけながらそう言うので僕は、
「嫌だ。お前には貸さない」
と、きっぱりと言った。
ちなみに言うと、僕はコンパスを持っていなかった。
そう、僕も忘れたのであった。
だが、どうでも良かった。
貸さない、と断った。
断ったというか、持ってないものは貸せないのだが、お前には貸さない、と言ったのであった。
断った直後、そのチャラい奴は目が血走り、歯を食いしばり、僕に馬乗りになって、殴り始めた。
右、左、また右と、僕の頬を殴る。
殴り続ける。
僕はしらけた顔で、そいつに侮蔑の目を向け、無言で見ていた。
抵抗はしない。
僕は殴られつづけた。
チャイムが鳴る。
チャラいそいつは、
「てめぇの声がムカつくんだよ!」
と、吐き捨てて、教室を去っていった。
僕は自分の机に、座り直した。
何事もなかったかのように、授業が始まる。
誰かは僕が殴られたことを教師に言うだろうと思ったら、誰も教師に言わなかった。
僕が殴られた事実は、闇に葬り去られた。
そして、高校二年の演劇部の合宿。
そのチャラい奴がいた。
女の子たちにキャーキャー言われて、スターになっていた。
地元の演劇部の、スターになっていたのであった。
あげく、そいつと合宿の寝泊まりする部屋が一緒になってしまった。
部屋にいるのは、みんなスター様のご機嫌取りの連中だった。
「わけわからん……」
僕は呟いた。
こうして、夏合宿が始まったのであった。
〈次回へつづく〉