第6話 十七歳の地図【1】

文字数 1,791文字

 高校一年生の冬のこと。
 友人のギンの運転する自転車の後部に乗った僕は、曲げた肘を運転するギンの肩に乗せて、二人乗りで今日も住んでいる町の中を走る。
 高校一年生のとき、僕はこのギンというはみ出しものの男とつるんで、なにをするでもなく、とりとめのない無駄話をする日々を過ごしていた。
 天気は晴れでも、曇りでも、雨じゃない限りは自転車二人乗りで移動していた。
 まだなにも始まってない、その期待と不安に満ちた僕とギンは、それはそれで地元では有名なコンビだった。
 ギンは、町営住宅に住んでいた。
 同じく町営住宅に住む、商業ミステリ作家の打海文三氏に言わせると、
「町営住宅。ここに住んでいるのはみんな売春婦かヤクザだよ、ははは」
 だ、そうである。
 その真偽はさておき。
 今日も町営住宅の、ギンの家に、僕らは向かって自転車移動をしていた。
 ギンが自転車を運転しながら言う。
「るるせは良いよな。やることがあって、夢もあって。おれにはなにもねぇ」
「そうなのか、ギン?」
「モテたい、くらいしかおれには目標がない」
「100回は聞いたな、その台詞。きっとモテるようになるよ」
「るるせはお嬢とその友達の不良少女ちゃんとの進展はどうよ? どちらかとは付き合っているというようなうわさを聞くぜ」
「どちらとも付き合ってないよ」
 お嬢と言うのは後に僕の通っている高校の生徒会長になる女性で、不良少女ちゃんとは、そのお嬢の友達の、〈如何にも女子高生〉なギャルタイプの女性のことである。
 男友達の少ない僕は、高校に入ってから、そのお嬢と不良少女の二人と学校で会話していたり、デパートなどへ買い物に一緒に行くことが多かった。
 そりゃうわさもたつ。
 ギンは、僕の学校の隣町にある高校に通っている。
 なかなかに成績優秀なようである。
 が、ギンの通う学校は不良高校なので、若干いじめられていたところがあった。
 不良高校で成績が良いというのも善し悪しである。
 まあ、僕もギンも、いじめられるのには慣れっこだったけれども。

 ギンと僕がはじめて会ったのは、小学生のときのことだった。
 転校生として、僕のクラスにギンが転入してきたのだ。
 ギンは、〈東京生まれ、アイドルポップス育ち〉で、僕の住む排他的な田舎では、目立ち過ぎた。
 目立ち過ぎている故に、小学生のときからギンはいじめの対象となっていた。
 そんなギンとは高校一年の春、眼鏡屋に用事があって僕が寄ったとき、店主と仲が良かったギンが眼鏡屋の店主と長話をしていて、そのときをきっかけにたまたま再会し、その後、つるむようになった。

 ギンとは、スピードという名前のダンスユニットがライブコンサートやイベントに出演するたびに一緒に観に行く仲になった。
 そのスピードが初ライブを行ったときから、解散ライブまで、ほぼ全ての公演に、僕らは参加した。
 だが、それはみんなには内緒だった。
 ギンが言うには、
「夢を追いかけているなぁ、とおれは思うんだ、スピードは。だからスピードは、おれに勇気をくれる」
 なのだそうだ。
 初ライブが行われる前のプレイベントに参加する折り、僕に語った。
 僕はギンが、夢とか勇気とか希望とか正義とか、そういう言葉を恥ずかしげもなく語るところをとても評価していた。

「一年が終わる春休み、また原宿と渋谷に行こうぜぇ」
「良いぜ、ギン」

 ライブコンサート以外でも、僕らは〈おのぼりさん〉として東京に一緒に遊びに行く仲でもあった。
 住んでいる茨城北部は、地元志向が強く、東京に遊びに行く人間は少ない。
 だから、僕が東京から買ってきた流行のものを身につけたり持っていたりすると、学校のみんなからは非難の的だった。
 だが、僕はそれで構わなかった。

 僕はギンの肩に乗せた、曲げた肘に重心を乗せる。
「もう今年で十七歳か、僕たちも。なにこんなところでくすぶっているのだろうな」
「高校二年……十七歳、か」

 僕は、尾崎豊のアルバムタイトルである〈十七歳の地図〉をふと思い出して、それから、
「行儀良く真面目なんてなれやしないのが僕たちだ、な」
 と、呟いた。
「なに気取ったこといってんだ、るるせ。お前のそういうところは治らないよな、このナルシスト」
「お前にそれを言われたくはないな、ギン。このナルシストめ」
 僕らは笑い合った。
 今日も、まるでなにもない平穏を暮らしているかのように。



〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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