第122話 常陸牛乳【2】

文字数 1,056文字

 七月上旬。
 ライブが決まった。
 対バンだ。
 対バンとは、要するに複数のバンドが順番に持ち時間内に演奏していく、イベントライブのことである。
 ワンマン、つまり一組のバンドだけでライブを演ることは、まずないのである。

 七月上旬に演るそのハコは、渋谷にある。
 ライブハウスではなく、オーディエンスが入れる撮影ブースのような場所で、テレビ神奈川などの番組で使われていたのを、観たことがある。
 そのハコの一番の思い出を、ついでだから、語ろう。

 撮影ブース(撮影スタジオ、って言うとちょっと違うのだけど)の入り口にある喫煙スペースで、僕はコンビニ弁当を食べ始めた。
 その日はベースのカケも一緒にいて、二人で弁当を食べていた。
「うひょー! なになに? るるせちゃん、元気ないんじゃないのぉ?」
「うっせ、黙れカケ。僕は二日酔いなんだ」
「無頼派気取りなのが良くないんだよ。それに無頼派なら、小説を書きなよ」
「はいはい。あったま痛てぇ」
 頭痛で、パイプ椅子で前かがみに座る僕は、頭を抱えていた。
 カケが言う。
「今日、今、ここで撮影やっているみたいだよ。僕ら、ここで弁当食べていても良いのかなぁ」
「喫煙スペースが一番誰もいなくて良いんだよ、この曜日のこの時間帯」
「ふぅん」
 と、そこに、劇場のような重い入り口のドアが開かれて、ひとが外に出てきた。
 僕は二日酔いの頭痛をこらえるように、眉間にしわを寄せて、出てきた人物を見た。
 月亭方正だった。
 または、本名で、山崎邦正。
 吉本興業の芸人である。
 僕が睨むような顔で、吸いかけの煙草を灰皿に置いたまま見たものだから、〈こわいひと〉だと思われたのだろう。
 山崎邦正さんは、ビクッとその場で飛び上がって、僕に頭を下げたあと、ブースを出て、スタジオから出ていった。
 弁当を食べていてしばらくすると、ドラマーのシンキさんがブースの中から現れる。
「お。弁当か。るるせはホント、いつもそこらへんをうろちょろしているよな。あはは」
 笑いながらドラムスティックを回しながら、シンキさんもスタジオの外に出ていく。
「山崎邦正……か。芸人のCDは良く売れるからなぁ、MV(ミュージックビデオ)の撮影でもしてたのだろうな」
「ふぅん。僕も俳優だからCDをだしたいな」
「あぁ、そう」

 まあ、そのやり取りはともかくとして、僕らのバンドが再起動する、その初めてのハコは、渋谷の撮影ブースを貸し切っての対バンイベントだった。


「自分の人生を生きているか?」
 と、僕は言い。
 バンドで再び、ステージに立つ。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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