第93話 ミッドナイトビジュアル系サファリ

文字数 1,759文字

 この文章を書いている時点から一年くらい前だっただろうか。
 こんなやりとりがインターネットであった。
 漫画雑誌の編集者の方が不意に、
「成瀬川さん、ビジュアル系を総括してください」
と、言ってきたのだ。
 相手は商業も商業の、それも名物編集者として有名なひとだった。
 これはいい加減に書くわけにもいかないな、と思って、僕は頭をひねった。
 空っぽの頭をひねって書いてその編集者さんに送ったのが、以下の文章だ。







 ROCKIN'ON JAPANではじめてビジュアル系が掲載されたのは記憶によるとhideの生前最後のインタビューで、zilchを結成してマリリン・マンソンと対バンやる予定があったとき。
 1998年です。
 一方、当時はビジュアルの極地と呼ばれたマリスミゼルを大きく取り上げたのはクイック・ジャパンが最初でした。
〈バンドの醸すストーリー〉を見せたい部分があるV系は、ロキノンとの合流で、醸したものでなく〈バンドの結成からのストーリー〉を語りだし人間味を出しはじめるようになりました。
 ラルクなどがそうですね。
 ロキノン系と合流するのではなく、クイックジャパンのようなサブカルにも対応出来るバンドも、ぽつぽつとですが、前述のマリスミゼルのように出てくるようになりました。
 それでも、ロキノンで一万字インタビューなんかするようになって、バンド雑誌バンやろなどの初心者バンドマン向け雑誌でキッズたちのアイドルになってシグネイチャーのギターを売る方向とは、別のルートができたのは事実。
 そのV系の偶像は剥がれるメッキだけど、メッキを〈ネタとして〉出す風潮がバンド側にもファン側にもいつの間にか出てきたように思います(その後継は2.5次元演劇と呼ばれるイケメン舞台だと僕は考えます)。

 関係者に聞いたことがあるのですがV系というのは、プレイヤーたちの内部事情はかなり体育会系で、上下関係が厳しかったらしいです。
 でも、ネタとして消費されるに足る方向性、お茶の間だったり、逆に演劇性だったりを強化していくことで、バンドマン特有の体育会系とは違う意味での体育会系、つまり〈芸能人化〉をしていったようにも思えます。
 クスッと笑えるような。
 それは世間一般に認知されたことと同義で。
 わるい言い方になるかもしれないけれど、V系の〈種族としての〉牙が抜かれたのかもしれないです。
 今は、ビジュアル系の雑誌SHOXXは休刊しました。
 先鋭的、尖ったパフォーマンスが世間と迎合してしまい、アングラで尖った小劇場演劇系の劇団を追うのと同じような快楽をオーディエンスに提供できなくなったのかもしれない。
「V系に音楽性なんてない」と言われた時代から、逆に今は「V系の音楽性だけが残ってしまった」時代になってしまい、ビジュアル自体は〈添え物〉や様式美として残っているのではないか、と僕には思えてなりません。
 それは90年代に出版社が主導して〈J文学〉というのを売り出したその顛末と、どこか似ているようにも思えるのです。







 僕が高校生の頃から上京するくらいの間は、ちょうどビジュアル系バンドが最盛期だった。
 ビジュアル系バンドとは、男性が化粧をして、〈イケボ〉で歌う、多くは西洋のゴシック調の雰囲気を醸し出していたバンドの総称だ。
 前記の文章に出てくるビジュアル系バンド、マリスミゼルのメンバーの一人は、僕が演劇の大会で戦って、地区大会を一緒に突破し、県大会で同列二位だった高校の卒業生だ。
 関係ないが僕が高校時代に売れたバンド『Ⅼ⇔R』のボーカル・黒沢健一は楽器屋の息子で、卒業した高校は確か部活の合宿で僕が出会ったギブスをつけていた女の子の通っていたガッコウである。
 まあ、そんなことを言ったらライトノベル『ゼロの使い魔』の作者も、僕の生まれ育った町で生まれたし、ファイナルファンタジーなどをつくったゲームクリエイターの坂口博信さんも同じ町の出身者だ。
 大きくない町ではあるが、いろいろ有名人を輩出しているなぁ。

 話を戻すと、ビジュアル系全盛期の高校時代を思い出して書いたのが、編集者の方に送った文章である。
 そして、上京する前後に、僕は「小説のビジュアル系」とも呼ばれる〈J文学〉に出会い、小説を書きたい欲が高まっていくのである。




〈了〉
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成瀬川るるせ:語り手

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