第36話 ミサイル畑でつかまえて【5】

文字数 1,478文字

 渋谷のとある喫煙所にて。
 煙草を僕が吸っていると、隣にいた知り合いが紫煙を吐き出しながら言う。
「チケットがある。どうだ、行ってみる気はないか? るるせに〈うってつけ〉だぜ?」
「チケット?」
 聞き返してしまう僕。
「ああ。都内某所……いや、ここ渋谷某所で大規模な乱交パーティが開かれる。そのチケットだ」
 チケットを見る僕。
「渋谷某所って……これ、普通に大きい場所ですよ……? ここで? 本当に?」
「全裸でマスクを被って入ると無料になるのだが、ここにそのチケットがある」
「ふぅむ。いったん帰宅してから考えます」
 井の頭線に揺られて高井戸に帰る僕。
 部屋のキーを開けて部屋に入ると、同居人がメアリーポピンズの原書を読んでいた。
 この子が英語の勉強をするときに、よく読んでいたらしく、どこからか引っ張り出してきて、また読んでいたのだ。
 僕にやっと英語を教えてくれる気になったのかもしれない。
 僕は、その同居人の女の子に言う。
「今夜、渋谷で乱交パーティがあるんだって。着替えて、行ってくる」
「は? だから、どこへ行くって?」
「いや、だから乱交パーティに」
 ぼぎゃっ、と僕の頬にその子の握りこぶしが入る。
 殴られた僕は玄関のドアまで吹き飛んだ。

 僕は乱交パーティに行くのを諦めた。







 知られない歴史というものがある。
 渋谷に、ものすごい数のパトカーが駆け回っていた数日間があった。
 パトカーの数が、日に日に多くなっていく。
 あとから説明をするとわかるが、これで自衛隊がいなかったとは言いづらいが、その場合、ゲリラ戦になるだろうし、自衛隊の車両はなかった、ように思う。
 高井戸は深夜になると、甲州街道を隊員の輸送車や戦車などを乗せたトレーラーが走ることもあり、輸送車に乗った方々を視認することもあり、意外かと思われるかもしれないが、自衛隊員が通行人に交じっていても、たぶん、一般のひとには区別がつかない場合もあると思う。
 だから、紛れていることも予想された。
 その日は、某国でテロがあった、ちょうど一年目に当たる頃だった。


 パトカーが増えていく中、僕が作詞ノートにブロークンワードを書き殴っていると、夜、居候の女の子が部屋に戻ってきて、僕に焦った顔つきで言う。
「明日は渋谷に行っちゃダメ!」
「はい?」
 彼女は英語が得意だ。
 で、JR渋谷駅で、中東の方が切符を買うのに、ちょっと困っていたらしい。
 そこで、話しかけて、その方が行く行き先まで切符を買ってあげ、そして道順などを教えてあげたらしい。
 そうしたら、その中東の方が、
「明日は渋谷に来てはダメです。テロが起こる予定になっていますから」
 と、教えてくれたらしい。
 ここまで読んでも、「そんなわけねーだろ」と思うかもしれないが、渋谷、本当に厳戒態勢に近かったのだ。
 誰もが、来て見てれば、「なにかが起こる」とわかるはずだ。
 そのレベルだった。
 次の日。
 僕は渋谷へ行くのをやめた。
 大事を取って、数日間、渋谷へ行かなかった。

 あとで聞いたら、テロが起こると言われたその日は、渋谷は緊急車両などでごった返していたそうだ。
 なにも起こらなかった、杞憂に終わった、ではなく、僕としては、どこかで捕物帖があったと思っている。
 考えると、つじつまが合わないからだ。
 だが、報道されることなかったし、スクープ大好きな雑誌なども、なにも騒がなかった。
 明らかにおかしい。
 国が動いたのではないか、と個人的には思う。
 だが、まあ、表面的にはなにも起こらなかった、のだと思う。
 知られない歴史というのもある。
 今回は、そういう話だ。




〈了〉
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成瀬川るるせ:語り手

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