第139話 ミスキャスト【2】
文字数 1,374文字
上高井戸にある僕の部屋から、環状八号線を渡ったところに、カケは部屋を借りていた。
カケから電話で、
「僕の部屋に来てよ。るるせちゃんに大切な話があるんだ」
と言ってきたので、バイトを終えた僕はカケのアパートまで行く。
木製のドアをノックすると、鍵を開けて、カケは僕を部屋に向かい入れた。
カケはニヤニヤ笑いながら、
「僕、バンド辞めるから」
と、開口一番、そう告げた。
「なんでだ? インディーズデビューも決まっているんだぞ、カケ」
見下すような口調のカケは、
「インディーズでしょ、しょせんは、そんなもの。僕はプロの俳優の事務所に所属することが決まったんだ。もう、アマチュアの俳優じゃないんだよ、僕は。るるせちゃん。君のようなインディーズの素人野郎と僕は〈格が違う〉んだ。君とはお別れだね、ざまあみろ」
と、ざまあみろ、に最大のアクセントを置いて、へらへら笑う。
「話は終わりだ。ざまあ、このクソ素人野郎が! 僕はプロなんだぞ! プロなんだぞ! アマチュアじゃないんだ、アマチュアと付き合っていられるかよ! わかったらとっとと帰れ!」
僕は寒い冬の東京に、放りだされた。
ドアを閉めると、中から声。
「二月にある国分寺モルガーナでのライブで予定は終わりだろ。その二月のライブには出演してやるよ。情けくらいかけるよ、プロの僕であってもね。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
僕は声に背を向け、寒い寒い、こころも身体も凍るような、暗い夜道を歩いた。
カケは恩を忘れて裏切ったのだ、僕を。
泣きそうだった。でも、どこで泣けば良い?
泣ける場所なんて、どこにもなかった。
☆
仮歌のお姉さんをやっている同居人は、親などから送られてきた多数の〈お見合い写真〉に見入っていた。
「ねーね、るるせちゃん。この写真の、ハゲたおっさん、可愛くない? ほかにも地元の有力者だらけ。貧乏暮らしとも、お別れできる」
「バンドは?」
「終わりだね」
「そっか……」
☆
二月。国分寺モルガーナでのMCで、僕はこう言った。
「ライブの予定があるのは僕らにはこれが最後です。でも、インディーズからCD出すのは決まっていますので、音源でまずはお会いしましょう」
この日、お客さんが捌けたあと、がらがらのライブハウス内に、見たことのある人物が、モルガーナの店長と話をしていた。
「お疲れさまでした!」
僕がそう言うと、その知っている人物は、
「おつかれ」
と、だけ言って、店長との会話を続けていた。
その人物とは、遠藤ミチロウという、ジャパニーズパンクを齧ったことがあるひとなら、誰でも知っているミュージシャンだった。
僕は遠藤ミチロウさんに深く頭を下げてから、ライブハウスを後にした。
インディーズ会社のひとのところへ、僕は電話をかけてから、行ってみた。
「うちは〈思い出アルバム〉をつくろうという気はないんです。これから芽が出るだろうから、お声がけしたのです。バンドが解散だって言うのなら、この話はチャラだ。契約は破棄です。さようなら」
酷い幕切れだった。
バンドメンバーは散って行き、居候のドラマーも、東京から去っていった。
ミシナとも、音信不通になった。
ひとが去っていくときって去っていく、というけど、それは本当だった。
僕は惨めな気分になって、冬を眠るように過ごした。
もうすぐ春だった。
〈次回へつづく〉
カケから電話で、
「僕の部屋に来てよ。るるせちゃんに大切な話があるんだ」
と言ってきたので、バイトを終えた僕はカケのアパートまで行く。
木製のドアをノックすると、鍵を開けて、カケは僕を部屋に向かい入れた。
カケはニヤニヤ笑いながら、
「僕、バンド辞めるから」
と、開口一番、そう告げた。
「なんでだ? インディーズデビューも決まっているんだぞ、カケ」
見下すような口調のカケは、
「インディーズでしょ、しょせんは、そんなもの。僕はプロの俳優の事務所に所属することが決まったんだ。もう、アマチュアの俳優じゃないんだよ、僕は。るるせちゃん。君のようなインディーズの素人野郎と僕は〈格が違う〉んだ。君とはお別れだね、ざまあみろ」
と、ざまあみろ、に最大のアクセントを置いて、へらへら笑う。
「話は終わりだ。ざまあ、このクソ素人野郎が! 僕はプロなんだぞ! プロなんだぞ! アマチュアじゃないんだ、アマチュアと付き合っていられるかよ! わかったらとっとと帰れ!」
僕は寒い冬の東京に、放りだされた。
ドアを閉めると、中から声。
「二月にある国分寺モルガーナでのライブで予定は終わりだろ。その二月のライブには出演してやるよ。情けくらいかけるよ、プロの僕であってもね。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
僕は声に背を向け、寒い寒い、こころも身体も凍るような、暗い夜道を歩いた。
カケは恩を忘れて裏切ったのだ、僕を。
泣きそうだった。でも、どこで泣けば良い?
泣ける場所なんて、どこにもなかった。
☆
仮歌のお姉さんをやっている同居人は、親などから送られてきた多数の〈お見合い写真〉に見入っていた。
「ねーね、るるせちゃん。この写真の、ハゲたおっさん、可愛くない? ほかにも地元の有力者だらけ。貧乏暮らしとも、お別れできる」
「バンドは?」
「終わりだね」
「そっか……」
☆
二月。国分寺モルガーナでのMCで、僕はこう言った。
「ライブの予定があるのは僕らにはこれが最後です。でも、インディーズからCD出すのは決まっていますので、音源でまずはお会いしましょう」
この日、お客さんが捌けたあと、がらがらのライブハウス内に、見たことのある人物が、モルガーナの店長と話をしていた。
「お疲れさまでした!」
僕がそう言うと、その知っている人物は、
「おつかれ」
と、だけ言って、店長との会話を続けていた。
その人物とは、遠藤ミチロウという、ジャパニーズパンクを齧ったことがあるひとなら、誰でも知っているミュージシャンだった。
僕は遠藤ミチロウさんに深く頭を下げてから、ライブハウスを後にした。
インディーズ会社のひとのところへ、僕は電話をかけてから、行ってみた。
「うちは〈思い出アルバム〉をつくろうという気はないんです。これから芽が出るだろうから、お声がけしたのです。バンドが解散だって言うのなら、この話はチャラだ。契約は破棄です。さようなら」
酷い幕切れだった。
バンドメンバーは散って行き、居候のドラマーも、東京から去っていった。
ミシナとも、音信不通になった。
ひとが去っていくときって去っていく、というけど、それは本当だった。
僕は惨めな気分になって、冬を眠るように過ごした。
もうすぐ春だった。
〈次回へつづく〉