第74話 真夏の夜のサクリファイス【9】

文字数 1,039文字

 僕が高校二年生の時だったか。
 視聴覚委員会は〈乗り鉄〉の委員長が実権を握った。
 委員長含め、三年生に「お昼の音楽放送」は任せれば良いという部分もあった。
 なので、校則は違反かもしれないが、駅前の定食屋でカレーうどんを食べようと、同じ視聴覚委員会のカケと、僕は計画を練った。
 計画と言っても、ただ単に学校の外に出て飯を食うだけ、なのだが。
 それが僕とカケには、大冒険のように感じた。

 僕らは計画を、ある日、実行に移す段になった。
 学校の坂を下って駅前まで徒歩20分程度。
 正面にある校門ではなく、演劇部、吹奏楽部、新体操部しか使わない〈旧体育館〉の出入り口から、僕とカケは外に出た。
 慎重に、堂々と歩いて、坂を下る。
 駅前の定食屋の暖簾をくぐる。
「へい、らっしゃい! 空いている席に座りな」
「へーい」
 僕は気のない返事をして、それから周囲をきょろきょろ見渡して、カケを促し、カウンター席に座った。
 カケが問う。
「るるせちゃん、なんで席がそれなりに空いているのにテーブル席でも座敷でもなく、カウンターなんだい?」
「見てみろ、カケ。僕たちは包囲されているぞ」
「誰に……、って、あっ!」
「気付いたか。ここの客、うちの学校を始めとした教師連中だ。囲まれた」
「ど、どうしよう、るるせちゃん!」
 そこに、店員が注文を取りに来る。
「カレー南蛮で」
 と、僕。
「てんぷらうどんで」
 と、カケ。
「慌てるな、カケ。冷静に食べよう」

 注文は一分以内に届いた。
 作り置きでもしているのか、というほど速い。
 それだけ繁盛している、ということでもあろう。
 正直、最近の牛丼屋より速い。
 店員は、カレー南蛮のどんぶりのカレーに、手を突っ込んで持ってきた。
 熱くないのか?
 それに、本当に厨房に行って引き返してきたくらいの時間で料理を運んできた。
 謎過ぎる。

 てんぷらうどんも届き、僕らはずるずる麺をすする。
「ごちそうさまぁ! おあいそお願いします!」
 僕がレジスターへ行ってそう言うと、お客さんたちが一斉に僕を振り向いた。
 当たり前だ。
 僕の受けている授業の教師も、数人いるのだ。
 おそらくは僕らの顔や声を覚えていて、振り向いている。
 だが、何食わぬ顔を装い、僕とカケは死地を脱する。

 危うい戦いだった。
 味を占めることにはならなかったけど、僕とカケは、その後も何度か、その駅前の定食屋でお昼ご飯を食べることを続けるのであった。
 つまりは、味は占めてないが、店の味はそれなりにおいしかった、ということだ。





〈了〉
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成瀬川るるせ:語り手

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