第13話 職安の列に並ばずしてなにが文学か?

文字数 1,771文字

 職安の列に並ばずしてなにが文学か?
 ハローワークに通わずして文学を語ろうなどとは笑止。
 安心快適なヒモ生活をエンジョイしながら首輪を付けている小説家志望の奴らに、文学を語る資格はない。
 その昔。
 英国ではバンドであるニューオーダーが運営するナイトクラブ・クラブハシエンダに休日、踊りに来ていた、肉体労働の兄ちゃんらが、のちにブリティッシュロックの後継者になっていく。
 セカンド・サマー・オブ・ラブ、である。
 オアシスというバンドのノエル・ギャラガーとリアム・ギャラガーはサッカーフーリガンの日雇い労働者だった。
 思い出してくれ、ジョン・レノンと言えば『ワーキングクラス・ヒーロー』だ。
 階級に縛られ、下層の暮らしのフラストレーションを一気にためて、ギターをストロークすることに、ウォール・オブ・ギターの神髄があった。
 え?
 ロックの話だって?
 ふむ、しかし、だ。
 良い教育を受けて育った高学歴エリートちゃんが「文学なんてボクにも出来るもんね競争」をしているか「ボクは生まれつきのヒモ体質なんだよね~」って奴らだけに支配された小説の世界って情けなくないか?
 いやいや、「おれ様は仕事では職人芸を持っている、どれ、おれ様が書いてやろう」みたいな職業小説が全てだ、ってのもおかしな話だぜ。
 もう一度言おう。
 職安の列に並ばずしてなにが文学か?
 ハローワークに通わずして文学を語ろうなどとは笑止。
 そう、今回は、職安の話だ。







 下級肉体労働者だった僕は、ハローワークに通うこととなった。
 窓口で、
「警備員を長くやってたので、それっぽいのを頼みますよー」
 と、職員に言ったところ、
「では、倉庫で働くというのはどうですか」
 と、パソコンをカチカチさせながら言う。
 その方向で探してもらっていたのだが、人気職業らしく、僕は倉庫番にはなれなかった。
「介護の仕事、あればその方向でも」
 と、提案したら、
「介護施設の清掃、洗濯物を畳む、という仕事があります」
 と、良い感じにチャールズ・ブコウスキー的な仕事を紹介された。
 僕は嬉々としてその介護施設の面接に赴いた。

 十畳くらいある、面接会場となった部屋に、僕は通された。
スーツを着た若い奴と、白髮を染めない、つり上がった目をした爺さんがテーブルを隔てて座っていた。
 爺さんはその介護施設の偉い人だったようだ。
「キミは、なんで前の職場を辞めたのかね? いい歳してそんなキャリアも積めない仕事をし続けてきて、ここに来た。キミは手に職付けずに生きてきた、恥ずかしい人間だ。キミは自分が恥ずべき人間だということを自覚しているのか?」
だいたい、そんな御託を並べていた。
余計なお世話である。
「キミが何故、前の職場を辞めることになったのか、説明したまえ」
 屈辱的だった。
 なんでそんなことをこいつに話す必要があるのか。
 なーにが恥ずべき人間だよ、爺さん。
 あんた、狂ってるぜ?
 だが、ぐっとこらえて、僕は自分が何故前の職場を追放されたかを、話した。

 すると、爺さんは目の前の僕を指さしながら、隣にいるスーツの男に怒鳴る。
「こんな奴、使えるわけがないだろうが!」
 そして、僕の方を向いて、唾を飛ばしながら、
「わかったらとっとと失せろ、このキチ外のウジ虫野郎が! 二度とおれの前に顔を見せるな! わかったか!」
 と、怒鳴った。
 いきなりのことなので黙っていた。
 正確には、びっくりしたから、黙ってその場で固まってしまったのだ。
「とっとと失せろと言ってるだろうが! 不愉快なんだよ! 今すぐ失せろや!」
 爺さんは馬鹿でかい声でまた怒鳴った。
 立ち上がった僕は、逃げるように会場となった部屋を抜け出した。
 僕は泣いてしまった。
 悔しかった。
 だが、誰にも言えない。
 この介護施設もクソなら、紹介した職安もクソだ。
 ハローワーク。
 なにが「ハロー」だよ、「ハローマック」に謝れよ。

 思えば、訴えれば良かった。
 刑事訴訟が無理なら、民事でもいい。
 でも、僕は泣き寝入りをしてしまった。
 今もその介護施設はあるようだ。
 不愉快な気分なのは僕の方だ。
 この、くそったれがッ。
 畜生!


 と、まあ、こういう経験もしたことない奴がつくる文学ってなんなのだろうな。
 職安の列に並ばずしてなにが文学か?
 本当に、僕はそう思っている。
 今も、だ。




〈了〉
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成瀬川るるせ:語り手

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