第11話 「文学? ああ、奴なら死んだよ」

文字数 1,481文字

 凄いことに高井戸駅の構内にある本屋『書原』には、チャールズ・ブコウスキーの翻訳本がほとんど揃っていた。
 僕はある日、商業ミステリ作家の打海文三氏から、プレゼントとして、ナボコフ『ロリータ』、ブコウスキー『町でいちばんの美女』、ねこぢる『ねこ神さま』を貰ったことがあって、その三冊が僕の基本指針となった。
 そのブコウスキーがほとんど買って読めるなんて最高だった。
 特に短編集はボロボロになるまで読み返した。

「文学、なんだよな。おれは文学がやりたいんだ! 文学がロックなんだ! 同時にロックは文学なんだ!」

 部屋の中で僕は拳を握り、カケに力説する。
 文学はロックであり、ロックは文学である、ということを、何度も、力強く。

「るるせちゃん。なんで君は文学だ、って言ってるのにギターを抱えてストロークして歌ってしまうのかなぁ? ペンを持ちなよぉ」
「僕は僕のロックで芥川賞を貰うんだッ!」
「いや、音楽に芥川賞はないからね?」
「ロッケンロー!」
「ヒュー!」
 部屋で飛び跳ねる僕とカケ。

 僕らはバカをしたいお年頃だった。
 僕は言う。
「筒井康隆先生は昔、直木賞がとれなくて、直木賞選考委員たちをモデルにした人物たちを射殺していく小説を書いた。それが『大いなる助走』だ……」
「は、はぁ……」
「ロッケンロー!」
「ヒュー!」
 また飛び跳ねる僕とカケ。







 ……カケがいなくなって、次なる同居人も姿を消し、喧噪が終わった頃、僕はコーゲツから三千円のジャンクパソコンを貰った。
 いや、買わされた。
 三千円払った。

「小説ってな、型落ちで大丈夫なんだよ。お前、手書きだったろう、今まで。これからは文明の利器を使うんだ。〈魔法のiらんど〉の時はすまなかった。これからはこれで書くんだ」

 Wordというソフトを起動させると、イルカちゃんが画面で飛び跳ねる中、文章を書くという素敵仕様になっていた。

 魔法のアイランドの件、というのは一大事件なので別の項に譲るが、まあ、ケータイで文章を書くか、ルーズリーフにシャープペンシルで書き殴ることしか出来ない僕にジャンクパソコンという〈手〉を教えてくれたのは、コーゲツだった。
 コーゲツは、僕からバンドメンバーたちなどが去っていくのを待っていたらしい。

 そこからやっと小説を本格的に書き始めることになるのだが、本当に僕はいろんなひとの助力で立ち上がれた。

 柄谷行人によると、中上健次が亡くなって、日本文学は終わった、らしい。
 打海文三氏の家にも『枯木灘』が、存在感ありげにハードカバー本で本棚にどでーん、としていたし、僕は帰郷してから、肉体労働をしながら、小学館の中上健次選集を全巻買い、読破し、知ったかぶりながら、
「文学? ああ、奴なら死んだよ」
 と、言いながら小説を書くことになる。
 だが。
 高校一年生の頃、生徒一人だけの課外学習で、女性教師とワンツーマンで誰もいない教室でムフフな感じで勉強していて、そのとき村上春樹さんの『回転木馬のデッド・ヒート』を見つけ出し読み、そこから〈鼠三部作〉を読み、文学に入門したはずなのに、「文学は死んだ」はないだろう、という自己矛盾も感じるのだが、それはそれとして、文学にのめり込んでいく。
 文学なんて古い?
 文学は死んだ?
 でも、何度でも蘇ってきたのが文学だ。
 僕の人生は、文学とともにある。
 それは、昔、みんなと繋がっていたことの証でもあって、刻みつけられたタトゥーみたいな、今になっては消そうにも消せないものなのだ。
 僕は、文学を生きる。
 ちょっと、恥ずかしいけどね、文学とともに生きる、って言葉。
 あはは。



〈了〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

成瀬川るるせ:語り手

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み