第48話 世界の果てのフラクタル【5】
文字数 1,605文字
東京、渋谷区のとある喫煙所。
煙草を吸わない友人、〈まーくん〉は、背中にマッキントッシュの入ったリュックを背負いながら、僕の横に立つ。
僕はまーくんと、とりとめもない話をする。
まーくんは小室哲哉のサウンドが好きだった。
ひょんなことから小室哲哉がソロでDJをするときのライブチケットが手に入ったので、僕はまーくんと一緒にお台場のZEPP TOKYOに小室哲哉のDJプレイを観に行くのだが、それはまた別の話。
ZEPPでやってる同じくお台場のダイバーシティTOKYOに上坂すみれのコンサートを聴きに行くのは、それもさらに別の話になるので、今回は割愛する。
まーくんは言う。
「るるせくんは稲葉浩志とか浅倉大介とか、好きだよね。なんで小室哲哉を聴かないの」
「聴く機会がなかっただけだよ」
こんなやりとりを、していた。
いつも繰り返される会話だった。
まーくんはアレンジャー志望の有能な作曲家で、僕の部屋に居候していた仮歌のお姉さんに、自身の曲のボーカル録りをしてもらっていた。
肉声が入るかどうかで楽曲はまるで変わってしまうので、これは重要なことだったし、難しい曲だろうが英語だろうが、うちの居候の女の子は、歌うことが出来た。
だからまーくんは、彼女のことを高く評価していた。
松本孝弘や浅倉大介は、小室哲哉がやっていたTMネットワークのサポートミュージシャンからその活動をはじめている。
その松本孝弘のB’z、それから浅倉大介のaccessが、僕は好きだった。
だが、小室哲哉を聴くことはほとんどなかった。
「あー。B’z……なぁ」
僕は茨城にいたときのことをぼんやりと思い出す。
☆
日立市のマクドナルドのクルー控え室。
テーブルの上で、B’zのボーカリスト・稲葉浩志のぬいぐるみが「アワナ、アワナ、アワナベイベー」と声を出しながら小刻みに震える。
僕は思わず吹き出す。
「稲葉くんは、こうじゃなくちゃねー」
クルーのお姉さんが、ぬいぐるみをうっとりと眺めながら言う。
「は、はぁ」
返事しようにも、なんと言えば良いかわからない。
「るるせくん。稲葉くんは、ね。これで良いの。こういうひとはずっとこのままでいて欲しいの。だからいいの。このぬいぐるみみたく腰を振りながら『アワナ、アワナ、アワナベイベー』って歌い続けてくれてくれるのがファンにはしあわせなの」
人生を感じさせる言葉である。
僕は頷く。
一般のひとから「バカやっている」ように思われても、こういうひとはこういうことをし続けて行ってくれるのがファンにとってはしあわせである、というそういう類いのひとたちが存在する。
それをそのとき、僕は知った。
「こういうひとは自由だし、自由でいいのだ」
正確には自由ではないけれども、一般のひとの尺度で測ってはいけない自由さを持って生きて欲しい。
そう、望まれるひとたちがいるということを、僕はだんだんと知っていく。
しがらみのなかに生きるからこそ、そういう存在が自分の希望になる。
そういうことだろう。
僕がマクドナルドの店員をやって、学んだ最大のことは、今述べたそのことだった。
☆
渋谷の喫煙所でマルボロを吸いながら、僕はマクドナルドのクルー控え室での、その思い出をぼーっと浮かべて、立ち上る紫煙に目を凝らした。
目が冴えていく。
ま、せいぜい僕も頑張ろう、歯を食いしばって。
そうは思うが、情熱の矛先が無軌道の僕は、そのときもどうして良いのか、わからなかったように思う。
なにを頑張るのか?
なんで頑張らないとならないのか?
わからない。
わからなくなっていく。
喉がカラカラだ。
隣にいる、まーくんはそんな僕に気づかぬフリで言う。
「るるせくん。富士そばでも食いに行こうぜ」
「ああ。そうしよっか」
灰皿で煙草をもみ消して。
僕らは歩き出す。
人の荒波が、道なき道を歩いているような錯覚を僕は起こしつつ。
〈次回へつづく〉
煙草を吸わない友人、〈まーくん〉は、背中にマッキントッシュの入ったリュックを背負いながら、僕の横に立つ。
僕はまーくんと、とりとめもない話をする。
まーくんは小室哲哉のサウンドが好きだった。
ひょんなことから小室哲哉がソロでDJをするときのライブチケットが手に入ったので、僕はまーくんと一緒にお台場のZEPP TOKYOに小室哲哉のDJプレイを観に行くのだが、それはまた別の話。
ZEPPでやってる同じくお台場のダイバーシティTOKYOに上坂すみれのコンサートを聴きに行くのは、それもさらに別の話になるので、今回は割愛する。
まーくんは言う。
「るるせくんは稲葉浩志とか浅倉大介とか、好きだよね。なんで小室哲哉を聴かないの」
「聴く機会がなかっただけだよ」
こんなやりとりを、していた。
いつも繰り返される会話だった。
まーくんはアレンジャー志望の有能な作曲家で、僕の部屋に居候していた仮歌のお姉さんに、自身の曲のボーカル録りをしてもらっていた。
肉声が入るかどうかで楽曲はまるで変わってしまうので、これは重要なことだったし、難しい曲だろうが英語だろうが、うちの居候の女の子は、歌うことが出来た。
だからまーくんは、彼女のことを高く評価していた。
松本孝弘や浅倉大介は、小室哲哉がやっていたTMネットワークのサポートミュージシャンからその活動をはじめている。
その松本孝弘のB’z、それから浅倉大介のaccessが、僕は好きだった。
だが、小室哲哉を聴くことはほとんどなかった。
「あー。B’z……なぁ」
僕は茨城にいたときのことをぼんやりと思い出す。
☆
日立市のマクドナルドのクルー控え室。
テーブルの上で、B’zのボーカリスト・稲葉浩志のぬいぐるみが「アワナ、アワナ、アワナベイベー」と声を出しながら小刻みに震える。
僕は思わず吹き出す。
「稲葉くんは、こうじゃなくちゃねー」
クルーのお姉さんが、ぬいぐるみをうっとりと眺めながら言う。
「は、はぁ」
返事しようにも、なんと言えば良いかわからない。
「るるせくん。稲葉くんは、ね。これで良いの。こういうひとはずっとこのままでいて欲しいの。だからいいの。このぬいぐるみみたく腰を振りながら『アワナ、アワナ、アワナベイベー』って歌い続けてくれてくれるのがファンにはしあわせなの」
人生を感じさせる言葉である。
僕は頷く。
一般のひとから「バカやっている」ように思われても、こういうひとはこういうことをし続けて行ってくれるのがファンにとってはしあわせである、というそういう類いのひとたちが存在する。
それをそのとき、僕は知った。
「こういうひとは自由だし、自由でいいのだ」
正確には自由ではないけれども、一般のひとの尺度で測ってはいけない自由さを持って生きて欲しい。
そう、望まれるひとたちがいるということを、僕はだんだんと知っていく。
しがらみのなかに生きるからこそ、そういう存在が自分の希望になる。
そういうことだろう。
僕がマクドナルドの店員をやって、学んだ最大のことは、今述べたそのことだった。
☆
渋谷の喫煙所でマルボロを吸いながら、僕はマクドナルドのクルー控え室での、その思い出をぼーっと浮かべて、立ち上る紫煙に目を凝らした。
目が冴えていく。
ま、せいぜい僕も頑張ろう、歯を食いしばって。
そうは思うが、情熱の矛先が無軌道の僕は、そのときもどうして良いのか、わからなかったように思う。
なにを頑張るのか?
なんで頑張らないとならないのか?
わからない。
わからなくなっていく。
喉がカラカラだ。
隣にいる、まーくんはそんな僕に気づかぬフリで言う。
「るるせくん。富士そばでも食いに行こうぜ」
「ああ。そうしよっか」
灰皿で煙草をもみ消して。
僕らは歩き出す。
人の荒波が、道なき道を歩いているような錯覚を僕は起こしつつ。
〈次回へつづく〉