第124話 常陸牛乳【4】

文字数 1,130文字

 舞台の裏手で、僕は直立してぴょんぴょん跳ねる。
 ステージ上で前の順番のバンドが舞台から捌けるとき、僕は舞台裏手から袖まで来て、思い切りシャウトする。
 僕のシャウトでどよめくオーディエンスたち。
 舞台袖で待機する僕らのバンド。
 ドラムが言う。
「ねぇ、るるせちゃん。〈掛け声〉どうする?」
 ベースのカケも、
「るるせちゃん、決めてよ」
 と、僕に促す。
 僕はこう、指示する。
「三人で手のひらに手のひらを乗せて、僕が〈あの娘は太陽の、こまち〉って言うから、全員で〈エンジェル!〉って叫ぼう」
「よっしゃ!」
 と、カケ。
 ドラムは、
「あんたらはもう……阿呆だねぇ」
 と、あきれつつも。
 まず僕が手を伸ばして、手のひらを差し出す。
 そこにドラムが手のひらを乗せる。
 さらにその上にカケの手のひら。

「あの娘は太陽〜のぉ、こまちぃ」

「「「エンジェルッッッ!」」」

 観客席は爆笑の渦だ。
 そして、僕はグレッチのギター、カケはミュージックマンのベース、ドラムは自分で削って調整したドラムスティックと、予備のスティックを入れた黒いケースを持って、ステージに上がる。
 ここが、いわゆる〈入り〉の時間だ。
 そそくさとセッティング。
 ステージ上は舞台袖と温度が違うので、チューニングが必要だ。
 クロマチックチューナーを足で踏んで、弦の音を合わせる僕。
 カケもチューニング。
 ドラムは、椅子の高さとドラムセットのそれぞれの太鼓の距離を、自分に合うように動かしてから、軽く叩く。

「ども、メジャートランキライザーです!」
 挨拶してから、マイクに向かって、思い切りシャウトする。
 それをきっかけに、演奏がスタートした。
 七月上旬、渋谷某所。
 キラーチューンをいくつも携え、ライブ漬けの日々を送るライブステージの序章が幕を開けた。







 10分の曲を演奏し、それから3分くらいの曲を終えると、アンコールの声がかかった。
 僕はカケとドラムの二人に、
「どの曲演る?」
 と、ステージ上で尋ねる。
 数秒間の相談の結果、アンコールの曲が決まり、
「アンコールどうもありがとう!」
 と、手を挙げてから、エフェクターのペダルを踏み、オーバードライブがかかったところで、一気に手を下ろし、ストロークする。
 アンコール曲も大盛況だった。
 拍手をたくさんいただけた。
 観客席にはコーゲツとその彼女も来ていて、踊っていた。
 ミシナもいたし、丑三つ時のおねーちゃんらも、舞台袖にいて、観ていたようだった。

 僕らは良いスタートを切れた。

 楽屋に戻って、着替えてから外に出ると、ミシナが立っていた。
「ねぇ、るるせ。小説を書いているんだって? アドレス教えて」
「いいよ」
 僕は答える。

 こうして僕の、第二の夏が始まった。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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