第4話 ゴスロリちゃん綱渡り【承前】
文字数 2,200文字
渋谷区の、郵便局の近く。
とある雑居ビルで待っていてくれ、との指示を受けた僕は、部屋でぼーっとしていた。
予定の時間から三十分後くらいだろうか、指示をした人物である高橋竜さんがCDラジカセという古風なものとCD―Rを持って部屋に入ってきた。
「おー、るるせ、来ていたのかい。いやー、悪い、悪い。リミックスの仕事があって、遅れてしまったよ。でも、かたちになったから、そのリミックス音源を持ってきたのだよ。まずは二人で聴こうよ」
優しい声で、ラジカセを設置する竜さん。
音源を入れて、スタートのスイッチを押す。
絶叫がラジカセから、まず流れた。
「ぼーーーーよよーーーーーーーーん!」
「…………」
「…………」
冒頭の「ボヨヨン!」というシャウトののち流れ出す、大槻ケンヂさんの歌がカットアップされたダンスチューン。
目を瞑りながら僕は曲を噛みしめた。
冒頭のインパクトあるボイスは、言わずと知れた大槻ケンヂさんの楽曲『ボヨヨンロック』からのサンプリングだ。
素晴らしかった。
そして目の前にいる人物はカタブツで知られる生真面目なミュージシャンであり、その真面目さが生んだこのクスッと笑えるリミックスは、真剣につくったが故に笑える仕事だった。
プロの仕事だ、と感動を覚えた僕だった。
「な。良いだろ、このリミックス」
「…………はい」
語彙を喪失した僕は、それしか言えなかった。
☆
僕は入った居酒屋で、ここへ連れてきてくれたゴスロリドラマーに、そのリミックス曲の話をした。
JR渋谷駅のすぐ近くの、路地に入ったところにある店だった。
「へー、そんなことがあったのですねー。あ、店員さーん、生中、ジョッキ追加、お願いしま-す!」
良い店知っている、というその言葉に偽りはなく、そこは素晴らしい昭和時代をモチーフにした、和風居酒屋だった。
「こんなところにこんな店があるの、僕は知らなかったよ」
「うふふ。でしょ、でしょー? 良い店ですよね。そういえばここに入る前に、何度も〈本当にここにあるの?〉ってしきりに言っていましたが、るるせ先輩、なんでそんなに念入りにわたしに訊いてきたのです?」
返事に窮する僕。
だが、まあ、話せない内容でもないし、酒の席ってことで笑い話になるだろう、と判断し、僕はゴスロリちゃんに、何故にここに近づくのを躊躇していたか、話すことにした。
「この店の横のテナント、『リーンルィンハウス』じゃん。ゴスロリちゃん、もしかして〈お店の女の子〉なのかな、って不安になったのだよ」
「え? わたしがその『リーンルィンハウス』っていうお店の店員だとなにか困ることでも?」
「困らないけどさ。でも、連れて行かれるのか、と心配したよ」
「意味がわかりません。『リーンルィンハウス』とは一体なんなのですか」
「えーっとね、テレクラ」
「テレ……クラ? なんですか、それ。なにの略語ですか?」
「テレフォンクラブの略」
「正式名称でも、わたし、知らないです。どういうところなのです?」
「うん。あのね、テレフォンクラブというのは、お店に入ると、席に固定電話が置いてあるの、一人一台で。その席に座るのだよ。すると、女の子……それも、その多くが女子高生かそれに類似したような女性たち……が、どこかからか電話をかけてくるのだよ、だいたいは携帯電話からね」
「は、はぁ」
「で、受話器越しで女の子と交渉して、外で会う約束を取り付けることが出来る。店の外に出たら、お客さんがお金を出してその女の子とデートをしたり、えっちなことをすることが出来るってシステムのお店だよ」
「…………」
「もしかして、そのテレクラの関係者かと邪推してしまって。僕、お金なんて持ってないの、身なりを見ればわかるじゃん。だから、テレクラの〈サクラ〉だとしたら爆死するな、と思って…………って、うげらぁごっふぁぁ!!」
ゴスロリちゃんの握った拳が僕の額にスマッシュヒットして、僕はうめき声を漏らした。
「まったくもう! ひとをなんだと思っているのですか、るるせ先輩! でもまあ、お金がないのは知っていますから、ここはわたしがおごりますから、大丈夫ですよ。ガンガン飲んでくださいね! それにしてもそのテレクラとやらにお詳しいですねぇ」
「雑学知識だよ。ていうか、昔、渋谷で女子高生と言えば、テレクラで稼いでいるイメージだったのだよ。まだこの近くにお店が残っているのは、まさにここの隣のその店がブームの〈爆心地〉だったからだよ」
「おやおやおや。雑学と言うにはお詳し過ぎですねぇ、るるせ先輩?」
「いや、僕は関係ないからね。それよりも。どうしてもここらへんで過ごしていると渋谷の話ばかりになっちゃうでしょ。だから、竜さんの話の続きで、新宿での出来事の話をしよう!」
「無理矢理話題を逸らそうと」
「していません」
「へー。まあ不問にしますよ、先輩。それじゃ、聴かせてください、その新宿の話を」
「よっしゃ、任せとけ。店員さーん、ウィスキー、ロックで頼みますー」
「じゃんじゃん飲め飲め!」
「ふむ。君は良い女だ」
「おごってくれる女性全員にそう言っているでしょ、良い女だ、って台詞。前時代的ですよぉ」
「大丈夫だよ、その言葉の返し方もじゅうぶん昭和だよ」
「むぅ……」
そして話は移っていく。
酔いが回ってきた頭で、僕は子持ちししゃもにかじりつきながら、トークを進めることにしたのだった。
〈次回へつづく〉
とある雑居ビルで待っていてくれ、との指示を受けた僕は、部屋でぼーっとしていた。
予定の時間から三十分後くらいだろうか、指示をした人物である高橋竜さんがCDラジカセという古風なものとCD―Rを持って部屋に入ってきた。
「おー、るるせ、来ていたのかい。いやー、悪い、悪い。リミックスの仕事があって、遅れてしまったよ。でも、かたちになったから、そのリミックス音源を持ってきたのだよ。まずは二人で聴こうよ」
優しい声で、ラジカセを設置する竜さん。
音源を入れて、スタートのスイッチを押す。
絶叫がラジカセから、まず流れた。
「ぼーーーーよよーーーーーーーーん!」
「…………」
「…………」
冒頭の「ボヨヨン!」というシャウトののち流れ出す、大槻ケンヂさんの歌がカットアップされたダンスチューン。
目を瞑りながら僕は曲を噛みしめた。
冒頭のインパクトあるボイスは、言わずと知れた大槻ケンヂさんの楽曲『ボヨヨンロック』からのサンプリングだ。
素晴らしかった。
そして目の前にいる人物はカタブツで知られる生真面目なミュージシャンであり、その真面目さが生んだこのクスッと笑えるリミックスは、真剣につくったが故に笑える仕事だった。
プロの仕事だ、と感動を覚えた僕だった。
「な。良いだろ、このリミックス」
「…………はい」
語彙を喪失した僕は、それしか言えなかった。
☆
僕は入った居酒屋で、ここへ連れてきてくれたゴスロリドラマーに、そのリミックス曲の話をした。
JR渋谷駅のすぐ近くの、路地に入ったところにある店だった。
「へー、そんなことがあったのですねー。あ、店員さーん、生中、ジョッキ追加、お願いしま-す!」
良い店知っている、というその言葉に偽りはなく、そこは素晴らしい昭和時代をモチーフにした、和風居酒屋だった。
「こんなところにこんな店があるの、僕は知らなかったよ」
「うふふ。でしょ、でしょー? 良い店ですよね。そういえばここに入る前に、何度も〈本当にここにあるの?〉ってしきりに言っていましたが、るるせ先輩、なんでそんなに念入りにわたしに訊いてきたのです?」
返事に窮する僕。
だが、まあ、話せない内容でもないし、酒の席ってことで笑い話になるだろう、と判断し、僕はゴスロリちゃんに、何故にここに近づくのを躊躇していたか、話すことにした。
「この店の横のテナント、『リーンルィンハウス』じゃん。ゴスロリちゃん、もしかして〈お店の女の子〉なのかな、って不安になったのだよ」
「え? わたしがその『リーンルィンハウス』っていうお店の店員だとなにか困ることでも?」
「困らないけどさ。でも、連れて行かれるのか、と心配したよ」
「意味がわかりません。『リーンルィンハウス』とは一体なんなのですか」
「えーっとね、テレクラ」
「テレ……クラ? なんですか、それ。なにの略語ですか?」
「テレフォンクラブの略」
「正式名称でも、わたし、知らないです。どういうところなのです?」
「うん。あのね、テレフォンクラブというのは、お店に入ると、席に固定電話が置いてあるの、一人一台で。その席に座るのだよ。すると、女の子……それも、その多くが女子高生かそれに類似したような女性たち……が、どこかからか電話をかけてくるのだよ、だいたいは携帯電話からね」
「は、はぁ」
「で、受話器越しで女の子と交渉して、外で会う約束を取り付けることが出来る。店の外に出たら、お客さんがお金を出してその女の子とデートをしたり、えっちなことをすることが出来るってシステムのお店だよ」
「…………」
「もしかして、そのテレクラの関係者かと邪推してしまって。僕、お金なんて持ってないの、身なりを見ればわかるじゃん。だから、テレクラの〈サクラ〉だとしたら爆死するな、と思って…………って、うげらぁごっふぁぁ!!」
ゴスロリちゃんの握った拳が僕の額にスマッシュヒットして、僕はうめき声を漏らした。
「まったくもう! ひとをなんだと思っているのですか、るるせ先輩! でもまあ、お金がないのは知っていますから、ここはわたしがおごりますから、大丈夫ですよ。ガンガン飲んでくださいね! それにしてもそのテレクラとやらにお詳しいですねぇ」
「雑学知識だよ。ていうか、昔、渋谷で女子高生と言えば、テレクラで稼いでいるイメージだったのだよ。まだこの近くにお店が残っているのは、まさにここの隣のその店がブームの〈爆心地〉だったからだよ」
「おやおやおや。雑学と言うにはお詳し過ぎですねぇ、るるせ先輩?」
「いや、僕は関係ないからね。それよりも。どうしてもここらへんで過ごしていると渋谷の話ばかりになっちゃうでしょ。だから、竜さんの話の続きで、新宿での出来事の話をしよう!」
「無理矢理話題を逸らそうと」
「していません」
「へー。まあ不問にしますよ、先輩。それじゃ、聴かせてください、その新宿の話を」
「よっしゃ、任せとけ。店員さーん、ウィスキー、ロックで頼みますー」
「じゃんじゃん飲め飲め!」
「ふむ。君は良い女だ」
「おごってくれる女性全員にそう言っているでしょ、良い女だ、って台詞。前時代的ですよぉ」
「大丈夫だよ、その言葉の返し方もじゅうぶん昭和だよ」
「むぅ……」
そして話は移っていく。
酔いが回ってきた頭で、僕は子持ちししゃもにかじりつきながら、トークを進めることにしたのだった。
〈次回へつづく〉