第47話 世界の果てのフラクタル【4】

文字数 1,325文字

 思えば変な時代だった。
 僕が駆け抜けた青い春は、今の倫理観じゃ完全にアウトだと反応されるような事柄だらけだった。
 もちろん、今もそういう場所を駆けているひともいるだろうし、それはそれで、そういう世界もある、としか言えない。
 ここに書けないことだって、たくさんある。
 僕が聴講を受けた講義の、大学の先生は、高校時代、授業中、教室の壁をぶち抜こうと、破壊行為をしていたそうだ。
 また、僕が2015年にセミナーに参加したときの先生は、高校時代、授業中に教室で麻雀をしていたらしい。
 一方の僕は、高校時代に授業中、女の子とセックスをしていた。
 めちゃくちゃである……が、それぞれ、そういう時代だったのだ。
 なんと言われようと、僕の場合、世の中は援交時代であった。
 酷いものだった。
 彼女らが後にメンヘラ化していったのも、仕方なかったのかもしれない。
 いや、しあわせを掴んだひとも、それなりにいただろうし、しあわせの定義なんてわかったものじゃない。
 他人の尺度なんて、やっぱりわからないものだ。
 少なくとも、彼女らに付き合っていた僕はボロボロになった。
 夢と現実で引き裂かれ、挙げ句の果てに臨死体験を数回した。
 まるで僕自身が不透明な悪意を持った透明な存在になったかのようだった。
 僕は僕に、呪いを掛けた。
 青春は終わらない、と呪いを掛けた。
 そしてここに、永遠の童貞野郎が誕生した。

「童貞野郎は年を取ると妖精さんになって魔法が使えるようになるのだよ?」
 ある日、ラジオのパーソナリティの女性が、電波に乗せて、そう言い放つ。
 魔法か、それも悪くないな、と何度も瀕死で病院送りになりながら思う。

 自分にかけた呪いの魔法で、僕は死ぬのさ。
 それは、青い色をした春の魔法で、僕は灰色の景色を観ながら死んでいく。
 それも悪くない。
 悪くないさ。
 自分に言い聞かせながら、呪いは僕をゆっくりと絞め殺す。







 いつも、密室で二人きりで会話しているようだった。
 僕が語りさえしなければ、闇に葬り去られる、事実。
 現実。
 リアリティの希薄な、僕の人生。
 世界に終わりが来たら、君に花束をプレゼントしよう。
 世界に終わりが来たら、そのときは一緒になにか食べて、笑い合おう。

 終末はやってくる。
 僕の世界にも、君の世界にも、ね。
 僕にはもう、一緒にベッドで果てる関係のひとはいないけれども。
 じゃあ、ひとりで果てようか。

 過去に火を灯して、川に浮かべて灯籠流しにしよう。
 ここは嘆きの川。
 コーキュートス。
 こきゅうとす。


コーキュートス(Cocytus, 希: κωκυτός)
【ギリシア神話において、ステュクスの支流であり地下世界(地獄)の最下層に流れる川で、「嘆きの川」を意味する。元来は「悲嘆」を意味している。『神曲』の地獄において最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コーキュートス(嘆きの川)には裏切者が永遠に氷漬けとなっている】


 裏切りに嘆くこのコーキュートスへ、灯籠を流して、涙の代わりにしよう。


 さぁ、この語りの後半戦、準備は整った。
 いつかは高い高い高い、あの空へ舞うために。
 でもね、太陽に近づき羽ばたいたものは、墜とされるのだよ。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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