第76話 アオハル・ストライド【2】

文字数 1,248文字

 今日、眠っていたら電話があって起きて、電話の内容を聞いたら古い知り合いが亡くなった、という報であった。
 そのひとの親族のひとが、僕にぶち切れて電話をかけてきたのである。
 ぶち切れたいのはこっちだよ、くそったれが。
 亡くなったそのひとはこの私小説『密室灯籠』にも登場する人物なのだが、思えば、この連載を始めてからも、〈登場人物〉の〈その後〉を、何度か目撃している。
 栄枯盛衰は流転にして、盛者必衰であり。
 死んでいく、死んでいく、バタバタとひとが。
 そう思うと、僕はこれを誰に向けて書いているのだろうか、という疑問を抱く。
 死人じゃ本は読めないぞ、たぶん。
 まあ、メッセージボトルを電子の海に流す感じ、だろうなぁ。
 僕だって死ぬときは死ぬだろうし、それが遠いいつかのことだとは限らない。
 不健全きわまりないからな、僕は。
 なんかよー、腐っているだろ、この世の中。
 腐った奴らがへらへらしているこの社会のなかで生きているのだ、酷い死に方をするだろうな、真面目系クズの僕は。







 高校三年生の時、僕に生物を教えていた教師は有名人だった。
 どこで有名か、というと、東京で、なのであった。
 学校があった場所はその昔、炭鉱町で、そこでその教師は若かりし日、炭鉱の写真を撮っていた。
 北海道や九州の炭鉱の写真は意外とあるものだが、僕が住んでいる地方でカメラを買えるのは本当に裕福な家庭だけだったので、この地方の炭鉱の写真は、ほかの地方と比べて少ない。
 その意味で貴重な写真を撮っていたひとだったのだが、この教師の写真は、地元よりも、東京で写真展が開かれるなどの方向性で売れていた。
 そんな生物教師と僕は胸ぐらを掴み合う喧嘩をしてしまった。
 理由は、いろいろあったのだと思う。
 高校三年の僕は、基本的には授業を受けない生活をしていたのだ。
 それも、女の子のため……と言えば聞こえはいいが、フラれたくない気持ちでいっぱいだったし、部活に連れていくために、ご機嫌取りしているようにも思えただろうし、なによりその機嫌取りの方法がまずかった。
 そんなわけで、理由はほぼ述べず、生物教師は僕の胸ぐらを手で掴んできたので、僕も彼の胸ぐらを掴み返した。
 僕らはしばらく睨み合った。
 そこに、クラスメイトが仲裁に入って、その場は終わった。
 その話をすると、仲裁に入ったクラスメイトの美談のようにいつも思われるのだが、彼は、学校がある場所とは違う町の古本屋で万引きをする常習犯で、捕まったことが一度もないという、万引きのプロだった。
 今はそのクラスメイトは名士になっているというし、世の中はわからないことだらけだ。

 ただ、今ならわかることもある。
 僕は炭鉱の関係者の子供だった。
 炭鉱の写真を撮っていたひとだ、そりゃ腹も立つだろう、ほかの生徒の場合よりも。
 何とも言えない気分だが、そのときの僕はどんどんと追いつめられていった。
 僕が救いを求めても、救いなんてどこにもなかった。
 そして、夏の大会が始まるのである。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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