第148話 密室灯籠【エピローグ】
文字数 1,513文字
僕の長いようでいて、あっという間だった青春は幕を下ろし、僕は敗残者として、田舎に帰郷することになった。
この作品を読めばわかるように、僕って誰かと二人だけで会話していることが多くて、「密室」状態だな、って思っていた。
密室でなにが行われているのか、それは当事者たちにしかわからない。
そういう体験が、非常に多かった。
思い出なんていらないか。
確かに、思い出に浸っている大人になんかなりたくなかったし、僕は今だって、そう考えていることに違いはない。
今だけを見つめていたい、だって明日は今日の続きだから。
でも、約20年越しでかたちに出来たこの作品は、良い意味でも悪い意味でも、「過去」があるから出来たもので、「昨日」を忘れてしまっては、同じ過ちを繰り返すだけだ。
この作品はこの作品で良かったのだと思う。
☆
祭りばやしが聴こえる。
あれは高校生最後の夏の、晴れた祭りの夜だ。
通っていた高校がある町で、当時は盛大な夏祭りがあった。
大きな花火が三桁単位で打ち上がる、その夜だった。
駅前のデパートの更衣室で浴衣に着替えた僕の彼女が、待っていた僕に浴衣姿を見せて、
「じゃ〜〜〜〜ん!」
と、自分で擬音を出して現れた。
「行こう、先輩!」
僕は「おう」と返事して、彼女と手を繋いで歩く。
屋台を冷やかして、いっぱい二人でおしゃべりをして、歩く。
神輿のところに、法被を着た中学生の時の僕の同級生の男がいた。
「やぁ、久しぶり、るるせくん。そちらの方は?」
彼女が言う。
「彼女です」
同級生は喜んでくれた。
「るるせくんにも彼女が出来たのかぁー。良かったじゃん」
「まあね。じゃ、また。忙しそうだし」
「楽しんで行きなよー」
「おう」
そして僕らは川沿いを歩き出す。
川は海に続いていて、灯籠流しをしている。
彼女は言う。
「灯籠……綺麗」
「キラキラ輝いて見せたいじゃん。灯籠だもん」
「どういうこと、先輩?」
「お盆の行事で、送り火の一種が灯籠流しだよ。死者の魂を弔って灯籠を川に流すんだ。海まで灯籠は流れていく」
「ひとが、死んだの? どこで? 灯籠、数え切れないくらいあるよ」
「ここの灯籠は、海で亡くなったひとの弔いの、送り火だよ」
「こんなに、死んだんだ」
「そうだね」
「灯籠、綺麗だね」
「そうだね」
話していると、スピーカーでアナウンスが流れ、花火大会が始まった。
大きな音を立てて打ち上がる花火を見上げながら、僕らはぎゅっと手を握り合う。
握った手は、絶対に離さない、そう僕は思って、彼女の横顔を見る。
すぐに終わる喜びで、すぐに終わるしあわせで。
こんなに近くにいるのに、全ては遠く感じて。
いつか来る人生の終わりに、僕はその日とその彼女のことを思い出すだろうか。
この物語は灯籠という送り火で、僕が誰にも話して来なかった密室の事件の塊だ。
だれかがこの密室のドアを開けてくれて、この灯籠を眺めてくれれば、それで良い。
読むことによって事件は解決だからだ。
小説を書き続けることを、目標にしている僕は、その歩みは遅くとも、誰かの心に突き刺さるような小説を紡ぎたい。
だから、この小説が、誰かの心を突き刺してくれることを、僕は望んでいる。
読者のみなさんへ。
ここまでこの自伝的私小説にお付き合いいただけたようで嬉しい、ありがとう。
この作品は僕が僕であるために必要だった。
書き上げたことだし、次に僕はどこを旅しようか。
とりあえず、麦酒でも一杯飲んでから考えよう。
そしてハロー、新しい僕。
ここからまた違う物語を紡ぐことにするよ。
ひとまず、バイバイ。
必ず、どこかでまた会おう。
君と会えることを楽しみにしているよ。
(密室灯籠/完)
この作品を読めばわかるように、僕って誰かと二人だけで会話していることが多くて、「密室」状態だな、って思っていた。
密室でなにが行われているのか、それは当事者たちにしかわからない。
そういう体験が、非常に多かった。
思い出なんていらないか。
確かに、思い出に浸っている大人になんかなりたくなかったし、僕は今だって、そう考えていることに違いはない。
今だけを見つめていたい、だって明日は今日の続きだから。
でも、約20年越しでかたちに出来たこの作品は、良い意味でも悪い意味でも、「過去」があるから出来たもので、「昨日」を忘れてしまっては、同じ過ちを繰り返すだけだ。
この作品はこの作品で良かったのだと思う。
☆
祭りばやしが聴こえる。
あれは高校生最後の夏の、晴れた祭りの夜だ。
通っていた高校がある町で、当時は盛大な夏祭りがあった。
大きな花火が三桁単位で打ち上がる、その夜だった。
駅前のデパートの更衣室で浴衣に着替えた僕の彼女が、待っていた僕に浴衣姿を見せて、
「じゃ〜〜〜〜ん!」
と、自分で擬音を出して現れた。
「行こう、先輩!」
僕は「おう」と返事して、彼女と手を繋いで歩く。
屋台を冷やかして、いっぱい二人でおしゃべりをして、歩く。
神輿のところに、法被を着た中学生の時の僕の同級生の男がいた。
「やぁ、久しぶり、るるせくん。そちらの方は?」
彼女が言う。
「彼女です」
同級生は喜んでくれた。
「るるせくんにも彼女が出来たのかぁー。良かったじゃん」
「まあね。じゃ、また。忙しそうだし」
「楽しんで行きなよー」
「おう」
そして僕らは川沿いを歩き出す。
川は海に続いていて、灯籠流しをしている。
彼女は言う。
「灯籠……綺麗」
「キラキラ輝いて見せたいじゃん。灯籠だもん」
「どういうこと、先輩?」
「お盆の行事で、送り火の一種が灯籠流しだよ。死者の魂を弔って灯籠を川に流すんだ。海まで灯籠は流れていく」
「ひとが、死んだの? どこで? 灯籠、数え切れないくらいあるよ」
「ここの灯籠は、海で亡くなったひとの弔いの、送り火だよ」
「こんなに、死んだんだ」
「そうだね」
「灯籠、綺麗だね」
「そうだね」
話していると、スピーカーでアナウンスが流れ、花火大会が始まった。
大きな音を立てて打ち上がる花火を見上げながら、僕らはぎゅっと手を握り合う。
握った手は、絶対に離さない、そう僕は思って、彼女の横顔を見る。
すぐに終わる喜びで、すぐに終わるしあわせで。
こんなに近くにいるのに、全ては遠く感じて。
いつか来る人生の終わりに、僕はその日とその彼女のことを思い出すだろうか。
この物語は灯籠という送り火で、僕が誰にも話して来なかった密室の事件の塊だ。
だれかがこの密室のドアを開けてくれて、この灯籠を眺めてくれれば、それで良い。
読むことによって事件は解決だからだ。
小説を書き続けることを、目標にしている僕は、その歩みは遅くとも、誰かの心に突き刺さるような小説を紡ぎたい。
だから、この小説が、誰かの心を突き刺してくれることを、僕は望んでいる。
読者のみなさんへ。
ここまでこの自伝的私小説にお付き合いいただけたようで嬉しい、ありがとう。
この作品は僕が僕であるために必要だった。
書き上げたことだし、次に僕はどこを旅しようか。
とりあえず、麦酒でも一杯飲んでから考えよう。
そしてハロー、新しい僕。
ここからまた違う物語を紡ぐことにするよ。
ひとまず、バイバイ。
必ず、どこかでまた会おう。
君と会えることを楽しみにしているよ。
(密室灯籠/完)