第75話 アオハル・ストライド【1】
文字数 870文字
高校三年生の一学期。
平日の昼間、自宅でカロリーメイトを珈琲牛乳で流し込んでいると、固定電話が鳴った。
無言電話だ。
僕が話しかけても、反応がない。
しばらく、僕も無言で受話器の前に立った。
「メアリー?」
試しに、言ってみた。
受話器越しに、その声優みたいな声が、ぼそりとつぶやく。
「わたしが今、なにしてるか、わかる?」
吐息交じりで、電話の先のその女の子、メアリーが言う。
案の定、相手はメアリーだったのだ。
「……手首にナイフをあててる」
と、僕は答えた。
「どうしてわかるの!」
驚いた、という風な声が受話器に響いた。
そして、彼女は言う。
「わたしの家に……来て」
僕は放課後にその日も学校に行って部活だけする予定だったが、予定を変更して、メアリーの家に行くことにした。
☆
メアリーの家の、メアリーの部屋は二階にあり、ドアから入って真ん中から右側が、なにもない空間だった。
本当になにもない空白。
「仏壇があるの。見たでしょ、一階の。その真上だから、なにも置かないの」
「ふーん」
なに食わぬ顔をして、僕は学校の教科書類が机に置いてあって、ベッドが設置されているだけの洋間であるメアリーの部屋で、この子が家でどういう生活をするのか、観ることにした。
「わたし、ね。中学生のとき『キンカン』て呼ばれていたの!」
不思議な言葉を操るこの子だ。
おそらくだが、仏壇に写真が飾ってあるお姉ちゃんと中学生のときに仲が良かったか、もしくは〈現在〉で、自分がお姉ちゃんと呼ぶ男と抱きあっているので、そのどっちかのことを、虫刺されの薬の『キンカン』と『近(親相)姦』とをかけ合わせて言っているのだろうな、と僕は理解した。
毎日、花屋で花束を買って仏壇に飾り、半分空白になっている部屋で生活する。
夜八時には眠ってしまう、高校一年生。
僕はこの子が愛おしくてたまらなかった。
バースデーソングがレクイエムになる、この関係性。
かけがえのない関係だと思っていたが、世界が二人を引き裂いていく。
それは必然だった。
いつの間にか、夏は始まっていた。
〈次回へつづく〉
平日の昼間、自宅でカロリーメイトを珈琲牛乳で流し込んでいると、固定電話が鳴った。
無言電話だ。
僕が話しかけても、反応がない。
しばらく、僕も無言で受話器の前に立った。
「メアリー?」
試しに、言ってみた。
受話器越しに、その声優みたいな声が、ぼそりとつぶやく。
「わたしが今、なにしてるか、わかる?」
吐息交じりで、電話の先のその女の子、メアリーが言う。
案の定、相手はメアリーだったのだ。
「……手首にナイフをあててる」
と、僕は答えた。
「どうしてわかるの!」
驚いた、という風な声が受話器に響いた。
そして、彼女は言う。
「わたしの家に……来て」
僕は放課後にその日も学校に行って部活だけする予定だったが、予定を変更して、メアリーの家に行くことにした。
☆
メアリーの家の、メアリーの部屋は二階にあり、ドアから入って真ん中から右側が、なにもない空間だった。
本当になにもない空白。
「仏壇があるの。見たでしょ、一階の。その真上だから、なにも置かないの」
「ふーん」
なに食わぬ顔をして、僕は学校の教科書類が机に置いてあって、ベッドが設置されているだけの洋間であるメアリーの部屋で、この子が家でどういう生活をするのか、観ることにした。
「わたし、ね。中学生のとき『キンカン』て呼ばれていたの!」
不思議な言葉を操るこの子だ。
おそらくだが、仏壇に写真が飾ってあるお姉ちゃんと中学生のときに仲が良かったか、もしくは〈現在〉で、自分がお姉ちゃんと呼ぶ男と抱きあっているので、そのどっちかのことを、虫刺されの薬の『キンカン』と『近(親相)姦』とをかけ合わせて言っているのだろうな、と僕は理解した。
毎日、花屋で花束を買って仏壇に飾り、半分空白になっている部屋で生活する。
夜八時には眠ってしまう、高校一年生。
僕はこの子が愛おしくてたまらなかった。
バースデーソングがレクイエムになる、この関係性。
かけがえのない関係だと思っていたが、世界が二人を引き裂いていく。
それは必然だった。
いつの間にか、夏は始まっていた。
〈次回へつづく〉