第129話 太陽を掴んでしまった【3】
文字数 1,414文字
僕ののーみその中のランキング、その一番上は今もこの時代の東京のことで、それは動かない。
では、僕の、のーみその中の、なにのランキングか。
それは濃密さだ。
濃縮還元だろ、この記憶のジュースは。
青春を過ごしたランキング一位の夏、それは濃縮されているのだ。
高校の夏も暑い季節だったが、バンドの夏も、それに匹敵していた……いや、それ以上だった。
僕はミシナに誘われて、ライブを観に、京王井の頭線の下北沢駅に降り立つ。
まっすぐ進んで、目的の場所に着く。
下北沢に出来たばかりの、フィッシュマンズのライブ映像が流れるライブハウスに、僕はミシナからもらったチケットで入場する。
蒸し暑い日の夕方だった。
☆
ミシナのバンドは男性二人、女性二人の四人編成で、ウィーザーのような「エモ」と呼ばれるジャンルや、日本で言うところのバンプオブチキンみたいなサウンドだった。
僕のバンドはグランジ的オルタナティブ・ロックであり、僕のバンドが闇を奏でるとしたら、ミシナのバンドは光属性だった。
ミシナのバンドのステージが終わったところで、僕はドリンクチケットでジャック・ダニエルを飲む。
そうそう、「パー券」と業界では言われる「ライブチケット」だが、それはバンドがノルマを課せられて、売れれば黒字、売れなければ赤字なのだが、それとは別途で、大抵は500円くらい払って、ドリンクチケットを買わないと、ライブハウスには入れない。
この「ドリンクチケット」が、ライブハウスの純粋な取り分である。
で、ドリンクチケットを、大好きなジャック・ダニエルにカウンターで交換して、飲みながらぼえーっとしていると、ミシナが僕のところにやってきた。
その場でぺたん、と女の子座りをするので、僕も床に座った。
で、頭を撫でる。
振り解かれるかと思ったら、なでなですることが出来た。
目をつむって僕に頭を撫でられるミシナ。
「良かったよ、ライブ」
僕が言うとミシナは、
「ありがとう。なにを飲んでいるの?」
と、言うので、
「ジャック・ダニエル」
と答える。
そこで僕は思い出して、ジーンズのポケットから、四本のライターを取り出す。
「はい、これ。プレゼント。ライブ祝い」
「えー、なにこれぇ、面白いなぁ。『まいっちんぐマチ子先生』のライターだぁー。るるせらしい差し入れだよー」
「そうだね。あはは」
「ところでるるせ。るるせって、ひとと話すとき、大抵は笑顔で喋るよね」
「うん。今も、ミシナと話して笑顔だ」
「るるせは、なんで、笑顔でいられるの?」
「んん?」
「笑顔。どうして笑顔でいられるの?」
「人生がつらいから、かな。つらいから、楽しいときは全力で楽しむから。だから、笑顔なのだと思う」
「……うん」
涙目になるミシナ。
その涙の理由に、そのときの僕は気付かない。
ミシナが泣きそうになって、僕になにか大切なことを話そうと、喋りかけてくる。
そこに、
「いたいた、ミシナ。油売ってないでこっち手伝ってよ」
と、ドラマーの女の子がボーカルであるミシナを呼びに来た。
「じゃ、またね、るるせ」
「ああ。またね」
目を腕でこすって涙を拭くミシナ。
「ライブイベント、最後まで楽しんでねっ!」
「おう」
「るるせの書く小説は最高だよ。面白い。才能があるよ」
「ありがと」
こうして、その日は、一人でライブを観客として楽しむ僕だった。
ミシナが言おうとしていたことについて、深く考えることもなく。
〈次回へつづく〉
では、僕の、のーみその中の、なにのランキングか。
それは濃密さだ。
濃縮還元だろ、この記憶のジュースは。
青春を過ごしたランキング一位の夏、それは濃縮されているのだ。
高校の夏も暑い季節だったが、バンドの夏も、それに匹敵していた……いや、それ以上だった。
僕はミシナに誘われて、ライブを観に、京王井の頭線の下北沢駅に降り立つ。
まっすぐ進んで、目的の場所に着く。
下北沢に出来たばかりの、フィッシュマンズのライブ映像が流れるライブハウスに、僕はミシナからもらったチケットで入場する。
蒸し暑い日の夕方だった。
☆
ミシナのバンドは男性二人、女性二人の四人編成で、ウィーザーのような「エモ」と呼ばれるジャンルや、日本で言うところのバンプオブチキンみたいなサウンドだった。
僕のバンドはグランジ的オルタナティブ・ロックであり、僕のバンドが闇を奏でるとしたら、ミシナのバンドは光属性だった。
ミシナのバンドのステージが終わったところで、僕はドリンクチケットでジャック・ダニエルを飲む。
そうそう、「パー券」と業界では言われる「ライブチケット」だが、それはバンドがノルマを課せられて、売れれば黒字、売れなければ赤字なのだが、それとは別途で、大抵は500円くらい払って、ドリンクチケットを買わないと、ライブハウスには入れない。
この「ドリンクチケット」が、ライブハウスの純粋な取り分である。
で、ドリンクチケットを、大好きなジャック・ダニエルにカウンターで交換して、飲みながらぼえーっとしていると、ミシナが僕のところにやってきた。
その場でぺたん、と女の子座りをするので、僕も床に座った。
で、頭を撫でる。
振り解かれるかと思ったら、なでなですることが出来た。
目をつむって僕に頭を撫でられるミシナ。
「良かったよ、ライブ」
僕が言うとミシナは、
「ありがとう。なにを飲んでいるの?」
と、言うので、
「ジャック・ダニエル」
と答える。
そこで僕は思い出して、ジーンズのポケットから、四本のライターを取り出す。
「はい、これ。プレゼント。ライブ祝い」
「えー、なにこれぇ、面白いなぁ。『まいっちんぐマチ子先生』のライターだぁー。るるせらしい差し入れだよー」
「そうだね。あはは」
「ところでるるせ。るるせって、ひとと話すとき、大抵は笑顔で喋るよね」
「うん。今も、ミシナと話して笑顔だ」
「るるせは、なんで、笑顔でいられるの?」
「んん?」
「笑顔。どうして笑顔でいられるの?」
「人生がつらいから、かな。つらいから、楽しいときは全力で楽しむから。だから、笑顔なのだと思う」
「……うん」
涙目になるミシナ。
その涙の理由に、そのときの僕は気付かない。
ミシナが泣きそうになって、僕になにか大切なことを話そうと、喋りかけてくる。
そこに、
「いたいた、ミシナ。油売ってないでこっち手伝ってよ」
と、ドラマーの女の子がボーカルであるミシナを呼びに来た。
「じゃ、またね、るるせ」
「ああ。またね」
目を腕でこすって涙を拭くミシナ。
「ライブイベント、最後まで楽しんでねっ!」
「おう」
「るるせの書く小説は最高だよ。面白い。才能があるよ」
「ありがと」
こうして、その日は、一人でライブを観客として楽しむ僕だった。
ミシナが言おうとしていたことについて、深く考えることもなく。
〈次回へつづく〉