第50話 世界の果てのフラクタル【7】

文字数 1,284文字

 小学生の高学年のときのことである。
 他のクラスで女子から大人気な男子生徒に渡り廊下で殴られた。
 その男子の横で、歪んだ顔をした女子生徒が、一方的に殴られる僕を見てゲラゲラ笑っている。
 意味もわからず、理由なんておそらく「気に食わない」くらいの軽い理由で、僕はボコボコに殴られて、地面に倒れた。
 そこに追い打ちで入る蹴り。
 満足した嗜虐心丸出しのその生徒は、女子と一緒に教室に戻っていった。
 腹を立てた僕は、彫刻刀を持って、そいつのクラスまで行く。
 すると、僕を殴った男子の教室に、そこの担任教師の若い男がいて、僕を見て、そしてこいつもまた僕を笑った。
 笑いながらその教師は僕の頬を殴って、僕を教室の外に追い出した。
 屈辱的だった。







 中学三年生のとき、同じクラスの吹奏楽の女性が、僕に話しかけてきた。
「わたし、好きな男子がいるの。るるせくんには、教えてあげるね!」
 訊いてみると、その女の子が好きな男子とは、小学生のとき、僕を意味なくぶん殴って横にいた女子と一緒に笑っていた、その男だった。
「へぇ。そいつが好きなんだぁ」
 無難に、そう答えた。
「るるせくん」
「はい?」
「わたしの好きな小説、読んでみて。感想をちょうだい」
「いいよ」
 よくわからないが、秘密をその子と共有した僕は、その子から〈少女小説〉を借りて読むことになった。
 1冊で完結する形式の、少女小説を、一冊ずつ借りて読み始める僕。
 特に印象に残っている作家は折原みと先生の講談社X文庫ティーンズハートから出していた『時の輝き』シリーズだ。
 美しい小説だった。
 ヒロインが憧れていた陸上部のインターハイ選手の同級生が、骨肉腫からガンになってしまい、看護実習生になったヒロインが、その元同級生の男性を看取る話だ。
 続編は、その看取られた同級生の妹も看護師の道を歩む、という内容である。
 学生時代が終わる頃にはクラッシュしてしまった僕には、ひとごととは思えない、と今になると思える。


 集英社コバルト文庫や講談社ティーンズハート文庫の一冊完結式の小説を借りて読んでいた僕だが、クラスにいる別の女子が、
「あんたはこれを読みなさい! 一日一冊貸すから、一日で読み、感想をわたしに言うのよ! そうしたら続刊を貸すわ!」
 と言って、コバルト文庫の『ハイスクール・オーラバスター』シリーズを一冊目から貸してくれるようになった。
 いきなりのツンデレ口調の女子の登場で驚きだ。
 僕は読書で大忙しである。
 一日一冊。
 ハイスピードだ。
 ちなみに、今もハイスクール・オーラバスターシリーズは続いている、ということも付け加えておこう。
 何十年続いているのだ……。


 そういうわけで、僕は中学生時代、かなりの冊数の少女小説を読みあさることになる。
 ここに、個人的に『炎の蜃気楼』も読み出すことによって、僕は文章力が強化された。
 普通の男子とは違う方向に。


 濃密な読書時間を、中学生時代の僕は過ごす。
 僕がはじめて読みあさったジャンルは〈少女小説〉だ、ということになる。
 SFでもミステリでもなく、僕は少女小説で鍛え上がった。





〈次回へつづく〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

成瀬川るるせ:語り手

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み