第134話 言葉こそが原初の炎であり【3】

文字数 931文字

 かぎ煙草、というものが存在する。
 鼻の粘膜から吸引するニコチン……煙草なのである。
 机にティッシュペーパーを広げ、そこにプラスチックケースの中からかぎ煙草を取り出す。
 ストローをハサミで短く切った僕は、鼻に短くしたそのストローを押し付け、ティッシュペーパーの上のかぎ煙草を吸った。
 吸っていると、居候のドラマーが帰って来る。
「るるせちゃん、なにやってるの」
「かぎ煙草」
「ああ、そう」
 そう言ってドラマーは、ケースに入れて持ち歩いているスネアドラムを、ケースのジッパーを開けて僕に見せる。
 スネアを裏返しにすると、そこには一本の白い糸がピンとまっすぐ走っている。
「スネアの裏に、手術用の糸を張ったの。師匠がね、特別に持ってきてくれて。普通だったら医療用具なんて手に入らないけど」
「へぇ、凄いな」
「えへへ。凄いでしょ。まあ、これで百人力ね」
「バカヂカラが、道具によってさらに極まってくるね」
 ドラムスティックで僕の脳天に打撃を与えるドラム。
「ひとをゴリラのように言うな!」
「ゴリラかどうかはともかく、ゴリラズみたいなユニットだよなぁ、うちのバンドのコンセプト。コラボユニットって感じがする」
「わたしは、本当はボーカリストだし、カケも俳優だもんね。確かに、そうね。違いないわ」
「しかし、どうしたんだ、一体?」
「ルイードで演るとき、いつも一緒のバンド、いるじゃん。その中で、Aqua Timesっているじゃん。あのバンド、どう思う?」
「良い子ちゃんバンドって感じだなぁ」
「はぁ……」
 ため息を吐くドラム。
「どう考えても、ああいうバンドがプロになるのよ」
「そんなもんかな?」
「そうよ」
 このときドラムが言っていたのは、その通りだった。
 Aqua Timesというバンドは、バンド名をAqua Timezと改めて、それから二年後に、デビューすることになる。
 テレビなどにも多数出演していたから、知っている方もいるかと思う。
 僕のバンドは、原宿ルイードで、デビュー前のAqua Timezと対バンをやる関係性にいたのであった。
 数年後に気付いて、びっくりすることになるのだが。

 そして、僕らも、転機を迎える。
 それは、10月、国分寺モルガーナでのことだった。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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