第73話 真夏の夜のサクリファイス【8】

文字数 1,013文字

 メアリーを放課後、部室に連れていくのが日課になっていたが、メアリーは学校を休む日が出てきた。
 事前にわかるので、そういう日は、僕は学校の授業を休んで、お昼に起きて、放課後に学校に行き、部活だけ参加して、夜、家に帰ることにした。
 授業を休んで部活だけ出るなんて、どこかのスポーツ漫画みたいで、それはそれで気持ちよく感じた。


 お昼に起き、カロリーメイトをかじって『笑っていいとも』を家で観ていたら、番組に小沢健二がゲストで出ていた。
 オザケンがフルアコのギターを弾く。
 タモリさんがオザケンに言う。
「そのギター、穴がないのに、音が出るんだな。不思議だな」
 と、そこにオザケン。
「中身が空っぽだから音が出るんじゃないですか?」
 爆笑する二人。
 示唆に富む会話だ。
 パーフェクト、と言っても良い。

 僕はひたすら詩を書いていた。
 ものすごい文章量をこなしていた。
 普通に考えたら、低学歴の僕が、書ける方がおかしい。
 でも、すらすら書けた。
 それを〈自動筆記〉だ、と言っていた奴もいた。
 自動筆記。
 シュールレアリスムの手法だ。
 具体的にはアンドレ・ブルトンが『シュールレアリスム宣言』で発表し、『溶ける魚』などで実践を示した手法である。
 コーゲツあたりが好きそうな手法である。
 まあ、そんな多作家だった僕は、穴……つまり、そのときには〈傷〉は付いていなかったと思う。
 創作家なんて、みんな〈傷物〉だ。
 でも、僕はまだ、そのときは傷付いていなかった。
 じゃあ、なぜ、詩が書けたのか。
 それは、〈空っぽ〉だから、だろう。
 そう、フルアコのギターと同じなのだ。
 僕は後に、グレッチというギターを買う。
 これも、サウンドホールが空いているのではなく、空洞だから音が出るし、ピックアップで音を拾って、アンプで音を出すギターだ。
 ビートルズのジョージ・ハリスンモデルの後継機を、僕は買った。
 それは、そのときの会話があったから、という理由も、実は、ある。
 のちに、ストレイキャッツ好きのおじさんと出会ったのも大きいが。

 僕はたまにギンに会って近況をしゃべったり、メアリーと僕の部屋でしゃべったりしつつも、部活にもできるだけ参加した。
 夜は大量の詩ができていた。
 けど、今はもう、その詩は破り捨てたし、詩情なんてまるでない。
 熱い季節は、それでも到来していた。
 高校三年生のときの、それは出来事だった。
 夏の大会は、もうすぐだった。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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